技術講座
[技術講座(衛星通信ー1)]
(2002/02/12作成)
従来の通信衛星によるネット接続サービスは、上り信号の伝送に地上の通信回線を必要としていたため、技術講座「無線アクセス」では対象外としていましたが、最近VSAT(Very
Small Aperture Terminal:超小型衛星通信地球局)システムにより、ユーザーが直接、衛星とのデータ送受信を行えるようになってきました。また、これを利用した衛星インターネット接続も検討されています。
そこで、衛星インターネット接続に係る衛星通信の基礎技術について、まとめることにしました。
1.多元接続の概要
多元接続技術は同報性、広域性に並ぶ衛星通信の基本的な特質の一つで、衛星通信のネットワーク構成は多元接続を基本としています。多元接続とは、単一または複数の衛星搭載中継器を用いて複数の地球局に同時に通信路を設定することであり、周波数分割多元接続、時分割多元接続、符号分割多元接続があります。また、分割した通信路を個々の地球局間に割り当てる回線制御技術が必要です。
(1) 多元接続と通信路の分割
多元接続には、通信路を分割する手法によって周波数分割多元接続(FDMA:Frequency Division
Multiple Access)、時分割多元接続(TDMA:Time Division Multiple
Access)、符号分割多元接続(CDMA:Code Division Multiple Access)の三つの方式があります。FDMAは周波数で通信路を分割する手法です。TDMAは周期Tのフレームを定義し、そのフレームをデータバーストと称する複数の時間スロットに分割します。CDMAは個々の通信路に固有の符号を割り当て、この符号で搬送波に変調を加えることによって、通信路を分割する手法です。
図1にFDMA、TDMA、CDMA各方式の衛星搭載中継器の出力を時間軸および周波数軸に対して示します。帯域W、出力電力Pの中継器を、同一容量のn個の通信路に分割すると、いずれの方式でも通信路当たりの等価電力P
cと帯域BはP/n、W/nとなり、FDMAとTDMAでは分割による損失は生じません。しかし、CDMAでは、復調過程で他の通信路からの干渉電力が信号電力と同程度になるため通信品質が著しく劣化します。従って、CDMAでは通信路の帯域が帯域制限的な場合(周波数帯域が十分広くなく、帯域が特性の劣化に支配的であること)には適用が困難になります。
t:時間 P:電力 p:電力密度
W:中継器の帯域幅 Pt:中継器の出力電力 pf:中継器の出力電力密度
B:FDMAのチャネル当たりの帯域 T:TDMAのフレーム長
pf0;CDMAのチャネル当たりの中継器出力電力密度 Tb:TDMAのバースト長
図1 系が理想的な場合の各多元接続の原理
図2に実際の多元接続で生じる衛星搭載中継器の入出力信号の概念を示します。FDMAでは、隣接する通信路間の干渉をさけるためガードバンドを設ける必要があります。また、中継器の電力増幅器の非線形動作による相互変調積などの影響を軽減するためバックオフを大きくし、動作点を線形領域に近づけると共に、相互変調積による干渉を避けるため通信路の配置にも工夫が必要です。これらにより相当の電力および帯域の損失が生じます。
図2 現実の系における中継器入出力点の多元接続信号の様子
TDMAでは一般に、一つの中継器には一つの搬送波しか入力されないので、上記の問題は生じませんが、タイミングの不正確さによって隣接する通信路間の衝突が生じないように、ガードタイムを設ける必要があること、およびデータバーストの同期制御信号の伝送が必要なことにより時間的な損失が生じます。この時間的な損失は、その区間での電力と帯域がむだになるということで、帯域と電力に変換して評価することもできます。
CDMAでは、原理的に特定の通信路間の干渉は問題になりませんが、FDMAと同様に相互変調積による干渉の増加を避けるために電力増幅器のバックオフを適切に設定する必要があります。
FDMAは個々の通信路が単一の回線で構成されるとき、SCPC(Single Channel Per Carrier)と称し、2〜3程度の回線で構成されるときMCPC(Multi
Channel Per Carrier)と呼びます。FDMAは衛星通信の実用化の初期から、TV回線のFM伝送や周波数分割多重(FDM:Frequency Division
Multiplexing)されたベースバンド回線の束をFM伝送する、FDM/FDMA方式として発展してきました。FDMAはアナログ技術を基本としており、特に、衛星通信実用化の初期に経済性と信頼性を備えた方式として開発され、歴史の古いネットワークを中心に現在も継続して用いられています。
最近では、ディジタル技術の進歩とビジネス通信などの1地球局当たりのトラヒックが比較的小さいネットワークの発展により、ディジタルシステムによるSCPCまたはMCPC方式がよく用いられています。
TDMAは通信路の時分割のために同一の周期で繰り返すTDMAフレームが定義され、このフレーム内の適当な長さの時間スロットが各地球局に通信路として割り当てられます。この時間スロットをデータバーストと呼びます。TDMAも音声や画像などの連続信号の実時間伝送を前提としており、これらのディジタル化されたベースバンド信号をTDMA回線の伝送速度に速度変換した後、PSKなどのディジタル変調をしてデータバーストとして送出します。TDMAのより高度なものとして衛星上で交換を行うSS-TDMA(Satellite
Switched TDMA)方式があり、衛星搭載のマルチビームアンテナと組み合わせることにより極めて効率の良いネットワークを構成することができます。
TDMAはディジタル信号処理を前提としており、フレームやデータバーストの正確な同期制御、ベースバンド信号のディジタル化とその蓄積・速度変換、バースト状信号の変復調に高度な技術を必要とすること、速度変換によりデータの高速伝送を行うため地球局の送信EIRP(Equivalent
Isotropically Radiated Power:等価等方輻射電力――地球局の送信アンテナ利得に送信機出力電力を掛けたもので、地球局送信系の性能を表す指数)を速度変換の比率倍に高める必要があることからコストが高く、初期には大容量の幹線ネットワークを対象に研究開発と実用化が進められました。しかし、最近のディジタル技術の急速な発展によりこれらの課題は克服され、適用分野が拡大しています。
CDMAは、衛星搭載中継器の同一周波数帯域を同時に多数の地球局が共有して独立の通信路を確立する方式で、FDMAやTDMAとは異なる概念に基づくものです。一つの通信路を他の通信路と分離するために、各地球局に特定のスペクトル拡散(spread
spectrum)符号を割り当てます。通常は、スペクトル拡散符号として疑似雑音(PN:Pseudo Noise)符号を用います。送信局は相手局に割り当てられたPN符号を用いて、直接拡散または周波数ホッピング方式で通常ベースバンド信号の数百倍以上の広帯域に拡散された搬送波を送信します。受信局は自局に割り当てられた拡散符号を用いて、自局宛の信号だけを検出することができます。
CDMA方式は、通信路が帯域制限的な場合は十分な通信路を確保できない欠点がありますが、他の方式と比較して妨害波などに対する耐干渉性、秘話性に優れ、また同一周波数帯の既存の地上回線などに対する干渉を軽減するシステム設計が容易です。このため、CDMA方式は特殊な目的で使用されることが多いのです。しかし、同方式が同一帯域内の同時通信局数の増加に対して、通信品質が徐々にしか劣化しないこと、また、同時通信局数の減少が回線のマージンを増加させる特徴があること、マルチビームアンテナを用いて各ビームで周波数を再利用するとき、ビーム間の干渉に対処しやすいことなどから、周回衛星による移動体衛星通信方式の一つとして最近、注目されています。
(2) 多元接続と通信路の割り当て
各地球局に通信路を割り当てる手法によって、固定割当多元接続(PAMA:Pre-Assigned
Multiple Access)、要求割当多元接続(DAMA:Demand
Assigned Multiple Access)、ランダムアクセス多元接続(random access)の三つの方式があります。固定割当は、トラヒックの時間的な変化にかかわらず、各地球局間にあらかじめ定められた容量の回線を固定的に割り当てる方式で、局間のトラヒック変動が少ないネットワークに用いられます。固定割当には、あらかじめ定めたプログラムによって割り当てを変更する方式(programmed
assignment)と変更機能を持たない方式(fixed assignment)があります。
要求割当は、発信局がそのときのトラヒックに応じて回線制御局(基準局)に対して回線の割り当てを要求する方式で、制御は複雑になりますが回線利用効率の高いネットワークを構築できます。一般的には、FDMAおよびTDMAにはPAMAまたはDAMAによる回線を用います。ランダムアクセスは、TDMAシステムの一つであるパケット通信やCDMAで用いられ、個々の地球局が必要に応じて比較的自由に回線にアクセスするもので、回線制御は容易ですが、一般に回線利用効率の高いネットワーク構築は困難です。
(3) 多元接続のシステム設計
多元接続システムの設計要素はネットワーク形態、回線設計、変復調および符号化・復号方式、地球局の構成、衛星搭載通信機器の構成と極めて広い分野にまたがりますが、多元接続に直接かかわる部分について述べます。
ネットワーク形態とトラヒック様相は、多元接続方式の設計と密接に関連します。例えば、地球局間のトラヒックの変動が少ない場合は、システム構成が簡単な固定割当方式の選択も可能ですが、局当たりのトラヒックが小さく、稼働時間も少ない多数の地球局で構成されるネットワークでは、要求割当方式でかつ同時通話局の収容数の多い多元接続方式を選択する必要があります。その上で、利用する衛星の特性や経済性などを考慮して、SCPCかTDMAかの検討が行われます。
衛星通信においては、周波数帯域、衛星搭載中継器の出力電力および時間の利用効率は、システム全体の経済性とともに多元接続システム設計の重要な要素です。FDMAシステムでは多数の搬送波を非線形な搭載中継器で共通増幅するため、相互変調成分の発生、信号の抑圧などにより、周波数帯域と出力電力の利用効率に支配的な影響を及ぼします。従って、中継器の帯域内に多数の搬送波を配置する方法、中継の動作点の選択、相互変調による許容干渉量の設定などがシステム設計上の重要な課題となります。また、関連する技術として非線形増幅特性を改善するリニアライザ、実質的な同時アクセス搬送波数を軽減するボイスアクティベーションなどが重要です。
TDMAシステムでは、通常同一の中継器で一つの搬送波を増幅するのでこの非線形の影響は少ないため回線の利用効率が高く、回線の割り当て制御や割り当て変更の自由度が高いという意味で、柔軟性に富むシステムを構築できます。この傾向は、衛星中継器に対する同時アクセス局数が増加するほど顕著になります。TDMAでは時間の利用効率が全体の効率を支配します。TDMAフレームの繰り返し周期、フレーム構成、特にバースト同期制御用の無変調部を含むプリアンブルワードの長さやガードタイムの長さが利用効率の支配的な要素となります。
[出展]
飯田他19:衛星通信、オーム社(1999-8)
衛星インターネット接続に密接に係る多元接続技術の概要についてまとめました。次回以降は各多元接続方式の詳細についてまとめる予定です。
[技術講座(衛星通信ー2)] (2002/03/08作成)
前回の「多元接続の概要」に引き続き、衛星通信システムで一般的な周波数分割多元接続(FDMA)についてまとめました。
2.周波数分割多元接続(FDMA)
(1)伝送方式
FDMAは、衛星通信システムで最も広く使用されている多元接続の方法です。回線の設定が容易で、回線制御も簡単であるため、国際衛星通信サービスや小規模衛星ネットワークでもこの方法が採用されています。一方、問題点として、周波数の異なる多数の信号が衛星搭載中継器で共通増幅されるため、増幅器の非線形特性により信号間の相互変調積が発生し、信号に干渉を与えることがあります。干渉を軽減するために、故意に中継器の伝送容量を下げて、中継器の動作点を直線領域で使用することや、共通増幅する搬送波の数を減らすなどの対策がとられます。ここでは、典型的な例として三つの伝送方式について述べます。図3にこれらの伝送方式における地球局の構成図を示します。
図3 衛星通信のFDMA伝送方式
(a) FDM/FM/FDMAとTDM/PSK/FDMA
複数のユーザーから送られてくるFM信号を周波数多重(FDM)し、この多重信号で一つの搬送波を変調して、地球局から衛星にアクセスする方法がFDM/FM/FDMAです。一方、TDM/PSK/FDMAでは、ディジタル信号技術を用いて各ユーザーの信号を、地球局内で時分割多重(TDM)し、一つの搬送波を位相シフトキーイング(PSK)変調して、衛星にアクセスします。
これらの方式では、衛星の中継器で共通増幅される搬送波の数を減らすことにより、相互変調積の影響を軽減することができます。従来の衛星通信システムでは、少数の地球局で多数の通信回線を束ねて衛星で中継するという使い方をしていたため、通常、これらの伝送方式が使われてきました。それに対して、多数の小規模あるいは中規模の地球局が、衛星の中継器を介して柔軟な通信ネットワークを構築する目的には、次に述べるSCPC方式が有効であり、最近の超小型衛星通信局(VSAT:Very
Small Aperture Terminal)のネットワークではこの方式が使われています。
(b) SCPC(Single Channel Per Carrier)
SCPCシステムにおいて各搬送波は、一つの音声チャネルあるいはデータチャネルの信号で変調されて衛星に送信されます。従来からFM変調やディジタルPSK変調方式等が使用されていますが、一つの地球局では信号がほとんど多重されない点が前述の方法と異なっています。この方式の利点は、要求割当が容易であること、音声のレベルにしきい値を設けて、しきい値を超えない時間は音声の通信が行われていないとして、その瞬時、瞬時に送信搬送波を断にするボイスアクティベーションが使用できることであり、これらは中継器の利用効率を向上させます。
SCPC方式は、トラヒックが少ない地球局が多数存在するネットワークにおいて、システムの効率と柔軟性の点から非常に有効です。しかし、一方では、多数の搬送波が共通増幅されるため、相互変調積による影響が大きくなります。図4に周波数軸上に等間隔に並んだ等レベルの無変調波が、中継器で非線形増幅を受けた場合の相互変調積のスペクトルを示します。信号が占有する周波数帯域の3倍の帯域に、相互変調積のスペクトルが広がります。このため、周波数割当や非線形増幅特性を改善するリニアライザの使用などの対策が立てられています。
図4 周波数軸上で等間隔に信号を並べた場合の相互変調積のスペクトル
(信号の占有帯域幅をBとすると、相互変調積の占有帯域幅は3Bとなる)
表1にSCPC方式における伝送モードの比較を、INTELSATシステムを例にとって示します。必要とされる通信品質は、アナログ方式の場合はS/Nで、ディジタル方式の場合にはBER(Bit
Error Rate)で規定します。コンパンドFMでは、FM変調器に入力される音声信号を、音量に応じて決められた比率で圧縮し、復調側では逆に同一の比率で伸張します。この操作により音量の低いときのS/Nが改良されます。コンパンドとは圧縮(Compress)と伸張(Expand)との合成語です。
デルタ変調(DM:Delta Modulation)は、パルスコード変調(PCM)同様、信号(特に音声信号)の符号化の方式です。ビット誤りに強く、BER=10-3の場合でも良好な品質を保ちます。INTELSATの36MHzの周波数帯域をもつ中継器では、45kHzのチャネル間隔で800回線収容できます。
表1 SCPCの伝送モードの比較
|
SCPC伝送方式
|
コンパンドFM
|
32kbps DM
|
64kbps PCM
|
|
変調方式
|
FM
|
BPSK
|
QPSK
|
QPSK
|
|
チャネル間隔[kHz]
|
45
|
22.5
|
45
|
22.5
|
45
|
|
所用C/N0[dBHz]
|
53.5
|
57
|
53.5
|
57
|
61.3
|
|
BER
|
-
|
-
|
10-4
|
10-4
|
10-4
|
|
S/N[dB]
|
35
|
35
|
-
|
-
|
-
|
(2)SCPCの回線制御方式
SCPC方式はDAMAの技術的な発展と密接な関連を持っています。DAMAによる回線制御方式は、集中制御方式と分散制御方式とに分けることができます。集中制御方式では、中央制御局が集中的に回線の割当制御を行います。各地球局とこの中央制御局とは共通信号回線により接続され、この回線を利用して通信の要求、回線割当、通信の終了などの回線制御を行います。一方、分散制御方式では、各地球局が個別に回線割当などの回線制御を行う方式です。SCPC方式の回線制御を実際の例を用いて説明します。
(a) INTELSATのSPADE
INTELSATのSPADE(Single channel per carrier PCM multiple
Access Demand assignment Equipment)は、最もよく知られている要求割当方式のSCPCシステムで、周波数帯域36MHzのINTELSAT衛星の中継器で用いるように設計されました。図5に示すように、チャネル間隔が45kHzで、音声信号の送受信のための400チャネルずつの計800チャネルと、128kbpsの共通シグナリングチャネル(CSC)とで構成されています。このCSCを使った要求割当により、チャネルの割当と解除が行われます。CSCはTDMAによりすべての局で共有されます。
図5 SPADE方式におけるチャネル割当
回線制御方式には各局が対等な分散制御方式が使用され、通信信号にはボイスアクティベーションを採用しています。話中ではない瞬間には地球局からの信号が送信されないため、衛星の中継器が電力的に収容できる回線数以上のユーザに回線を割当できます。
(b) オーストラリアのMobilesatシステム
オーストラリアのMobileシステムは、オプタス社のオーストラリア国内向け移動体衛星通信システムで、郊外や遠隔地に公衆および私的電話サービスを拡大することを主な目的としています。各国の音声通信サービスを行う移動体衛星通信システムでは、現在すべてFDMAが使用されています。その理由としては、新たな変調技術が開発された場合にシステムへの導入が容易であること、様々な通信方式の仕様に対しても対応できること、将来の移動局の増加に対して周波数割当などにより対応が容易であることがあげられます。
Mobilesatシステムにおいても、移動局と基地局との間の通信には、SCPCのDAMAが使用されています。Mobilesatシステムの2機の衛星は、14MHzの周波数帯域幅をもつLバンド(1.6GHz/1.5GHz)中継器を搭載しており、1000チャネルの通信サービスが提供できます。
一方、ネットワークへのアクセス監視制御および移動局へのチャネル割当を行うネットワーク制御局(NMS:Network
Management Station)から移動局へのアウトバウンドCSCはTDMを、移動局からNMSへのインバウンドCSCにはTDMAを採用しています。アウトバウンドCSCでは、12バイトのデータからなる信号ユニット(SU)を周波数割当で9600bpsのTDMで伝送、インバウンドCSCは、2400bpsのTDMAバーストで、32チャネルのインバウンドCSC用周波数チャネルの内一つを選択して使用します。32チャネルの内24チャネルはランダムアクセス方式(アロハ方式)を採用、残り8チャネルはタイムスロット付きランダムアクセス方式を採用しています。
これらのCSCは、システムの安定な運用上非常に重要なため、通信信号より高い回線マージンを割り当てられています。Mobilesatシステムでは、99%のスループットを仕様として与えています。移動体衛星通信システムがSPADEなどの固定衛星通信システムの場合と異なる点は、この99%のスループットが回線マージンや誤り訂正だけでは実現できないことにあります。これは、道路付近の樹木や建物による電波の遮蔽が起こり、シグナリングパケットが受信できないことがたびたび起こるためです。Mobilesatシステムでは、伝搬路上の遮蔽などの影響が統計的に無相関となる時間間隔だけ時間をずらせて、信号ユニット(SU)を3度送信するという対策をとっています。伝搬測定データより、250ms以上離れている信号の減衰は相関が低いとの結果を得て、アウトバウンドTDM信号中のSUの繰り返し時間間隔を330msとしています。各SUは送信側で、符号化率3/4の畳み込み符号による誤り訂正符号化がほどこされており、受信側では、3度受信したSUの誤り訂正を行い、最も確からしい情報を取り出します。これにより、99%のスループットの仕様を満足するシステム設計がなされています。
(3)増幅器の非線形特性の影響
FDMA、特にSCPCシステムの設計を行うに当たり、衛星搭載中継器の非線形増幅の影響把握とその対策は特に重要です。SCPCでは、多数の信号波が衛星搭載中継器で共通増幅されます。理想的な線形増幅器では、個々の出力信号波の振幅や位相は共通増幅される他の信号波の影響を受けることはありません。しかし、衛星に搭載されている進行波管増幅器(TWTA:Traveling
Wave Tube Amplifier)や個体増幅器(SSPA:Solid State Power
Amplifier)では、入力される信号電力が小さい間は線形動作をしますが、信号電力が大きくなると非線形増幅の影響が現れてきます。通常は衛星搭載中継器の電力をできるだけ効率良く使用するため、増幅器を非線形領域で動作させるようにシステム設計されている場合が多いのです。
図6に示すように、増幅器を非線形動作させた場合には、共通増幅される信号に次のような影響を与えます。
@ 相互変調積
A 信号がひずむことによるスペクトルの広がり
B 小信号の抑圧
図6 衛星搭載中継器が信号波与える主な非線形効果
相互変調積の影響は、複数の信号波の掛け合わされた積信号が、入力された信号に干渉を与えるものです。信号のひずみの影響は、出力信号のスペクトルを広げて隣接チャネルに干渉する効果や、信号波形そのもののひずみとして現れます。小信号抑圧は、共通増幅される入力電力の小さな信号は、他の大きな信号の影響で出力電力の抑圧を受ける効果です。
共通増幅した場合の信号電力における非線形増幅の影響について考えます。非線形増幅の入出力特性が次のように表現できるとします。
v = a1u + a3u3 +a5u5
+ a7u7 + ……
= Σ a2i+1 u2i+1 (1)
ここで、
v:出力電圧
u:信号の入力電圧
a2i+1:増幅器の入出力特性を表す係数
非線形増幅器は、入出力電圧の正負に対して出力電圧も対称的に正負をとると考えられるので、式 (1)の入出力特性関数は奇関数であり、偶数次の係数は0です。ここに次のようなn個の等振幅の無変調波が入力されたとします。
u = A cos 2πf1t+ A cos 2πf2t+ A cos 2πf3t+
……+A cos 2πfnt (2)
このとき、全入力電力は次式で与えられます。
Pin = 1/2 n A2 (3)
式(2)を式(1)に代入すると、各入力周波数における出力電圧を次のように表すことができます。
n = 1の場合、周波数fの出力電力成分は、
v(1) = AΣ a2i+1(2i+1) !/(i+1) ! Pini
cos 2πft (4)
また、n = ∞ の場合には、
v(∞) = AΣ a2i+1(2i+1) !/i ! (Pin/2)i
cos 2πft (5)
となります。ここでn個の出力波も等振幅であるので、出力電力の総和は、
Pout = n( v(n) )2/2 (6)
で与えられ、v(n) に式(4)あるいは式(5)を代入すれば、それぞれの場合の出力電力を求めることができます。上記のことから明らかなように、非線形増幅器に入力される全入力信号電力対全出力信号電力の関係は、入力される信号数によって異なります。
図7に入出力特性が単一波入力と複数波入力とでどのように変わるかの概略を示します。信号数が増加するにつれて、増幅器が飽和する入力電力(飽和入力電力)および出力電力(飽和出力電力)は低下します。信号数が多くなると、入出力特性は急送に式(5)で示すn
= ∞ の入出力特性に近づきます。通常、図7に示すように、衛星搭載中継器の動作点を入力バックオフ、出力バックオフで表現します。バックオフとは(単一波における飽和電力)/(複数波の全電力)の比をデシベル(dB)で表現したものです。
図7 TWT増幅器の入出力特性
(4)相互変調積
複数波の場合に、全出力電力が単一波の場合に比べて低下するのは、次に述べるような相互変調積が発生することにより、信号とは異なる周波数帯に出力電力が散逸してしまうことによります。入力信号の周波数を(f1,f2,f3,…fn)とすると、相互変調積が発生する周波数は、次式で表すことができます。
fIM = m1f1+m2f2+…+mnfn
(7)
ここで、
m1,m2,…mn:整数
衛星搭載中継器は、信号の周波数に比べて通過周波数帯域幅が十分に狭いので、これらの相互変調積のうちで信号に干渉を与えるものは、入力された信号と同じ周波数帯域に落ち込む周波数成分です。特に問題となるのは、次の3次と5次の相互変調積です。
3次:fIM3 = fi-fj+fk 2fi-fj
5次:fIM5 = fi-fj+fk-fl+fm
… (8)
ここで、
i,j,k,l,m = 1,2,3,…
通常の中継器の動作点では、相互変調積の高次項になるほどその成分の電力の寄与は小さくなります。このfIMが信号の周波数と一致、あるいは近い場合には干渉波となり、信号劣化の要因となります。
(5)相互変調積の対策
この相互変調積の影響を軽減するために通常使用されている対策は、次のとおりです。
@ 入力バックオフを十分にとり、増幅器の非線形特性の影響を軽減する。
A 信号に割り当てる周波数を選択して、相互変調積の影響を軽減する。
B リニアライザなどを使用して、非線形増幅特性を改善する。
@の場合は、あまりバックオフを大きくしてしまうと、中継器の電力利用効率を低下させてしまうことになります。すなわち、一つの中継器に収容できる回線数が減少します。Aについて最適な信号の周波数割当方法がこれまで研究されてきました。十分な周波数帯域があれば、3次のIM(相互変調積)、5次のIMの影響を完全に避ける周波数配列が存在しますが、そのためにはかなりの周波数帯域が必要になります。通常は影響をできるだけ少なくする周波数配列をとり、かつ@やBの方法と組み合わせて使われています。Bは衛星搭載中継器の非線形特性と逆の特性を有するリニアライザを使用して、非線形増幅特性の影響を軽減するものです。
(6)衛星回線における干渉量
SCPCシステムにおいて、IMによる干渉量を正確に評価することは、回線設計を行う上で非常に重要な問題です。回線設計におけるIMの影響の取り扱いについて述べます。
衛星回線全体の搬送波電力対雑音電力密度比(C/N0)Tは、通常、次のように評価されます。
(C/N0)T-1 = (C/N0)U-1+(C/N0)D-1+(C/N0)IM-1+(C/N0)I-1 (9)
ここで、(C/N0)U、(C/N0)Dは、それぞれ上り回線、下り回線の信号電力対雑音電力密度比です。(C/N0)IMは、相互変調積による影響を、等価的に熱雑音(ガウス雑音)とみなして、信号電力とその信号の伝送帯域内に落ち込んでくる相互変調積の電力密度比で与えています。相互変調積のスペクトルは、必ずしも平坦ではないが、その全電力を伝送帯域で平均化して、電力密度に換算します。(C/N0)Iは他のシステムからの干渉信号を、同じく等価的に熱雑音として、信号電力と干渉波の電力密度の比を表しています。
上記の各 (C/N0) がTWTA(進行波管増幅器)の動作点(入力バックオフ)によってどのように変わるかを図8に示します。衛星中継器に複数の信号がアクセスしている状況で、信号の数を変えずに各信号の入力電力を増加させることにより、入力バックオフを小さくしていくものとします。図8で横軸は右に行くほど入力バックオフが小さくなるものとします。入力バックオフを小さくするほど、(C/N0)Uは線形に増加します。(C/N0)Dも増加しますが、増幅器の非線形特性を反映して飽和特性を示します。一方、入力バックオフを小さくするほど、(C/N0)IM
は小さくなり、信号に与える影響は増大します。従って最良の総合(C/N0)T を得るには、これらの特性を考慮して最適なバックオフ値を選ぶ必要があります。(C/N0)IM
の値 は、信号の周波数割当の方法によって変わるので、SCPCシステムでは、周波数割当の問題はバックオフの最適設定とともに、衛星回線総合の伝送特性に影響を与える重要な問題です。
図8 入力バックオフに対する各(C/N0)
[(C/N0)IM の計算]
(C/N0)IM の計算はかなりの労力を要するため、おおまかな見通しを得るための経験式が提案されています。例えば、数百波がアクセスするSCPCシステムにおいて、TWTAの経験式として次の式が提案されています。
(C/N0)IM = 150−10 log n + 2BO (10)
BO = 0.82(BI−4.5)
ここで、
n:信号の数
BO:出力バックオフ(dB)
BI:入力バックオフ(dB)
[出展]
飯田他19:衛星通信、オーム社(1999-8)
以上、衛星通信システムで一般的な周波数分割多元接続(FDMA)についてまとめました。次回は時分割多元接続(TDMA)についてまとめる予定です。
[技術講座(衛星通信ー3)] (2002/04/06作成)
前回のFDMAに引き続き、時分割多元接続(TDMA)についてまとめました。
3.時分割多元接続(TDMA)
(1) TDMAフレームの構成
TDMAフレームとこれを構成する基準バースト(RB:Reference Burst)およびデータバースト(DB:Data
Burst)の概念を図9に示します。フレームおよびバーストの最小時間単位はデータのシンボル伝送クロックです。TDMAネットワークには、一つの基準局があり、各フレームには同一の周期で基準バーストを送出します。基準バーストの役割はネットワークにアクセスする各局にデータバーストの時間基準を与えることと、回線制御を行うことです。
図9 TDMAフレームの構成
各地球局から静止衛星までの距離、すなわち、電波伝播時間は各局の地理上の位置によって異なり、また、衛星の軌道上の位置変化によって時間的に変動します。各局は基準バーストを参照し、搭載中継器上で所定の時間に位置するように自局の送信バーストを制御します。実際には、受信のTDMAフレーム上での基準バーストに対する相対的なバースト位置が所定の範囲に納まるように制御します。
基準バーストは、図9に示すように、搬送波再生符号(CR:Carrier Recovery)、クロック再生符号(STR:Symbol
Timing Recovery)、ユニークワード(UW:Unique Word)、同期制御信号および回線制御信号で構成されます。バースト状の受信波に対して高速に搬送波再生およびクロック再生を行い、ディジタル信号の復調を確実にするため、無変調の搬送波再生符号および変調クロックで変調されたクロック再生符号が用いられます。これはデータバーストの場合も同様であり、バースト信号に対する変復調の特徴の一つです。
ユニークワードは、その位置がバーストの始まりであることを示す識別符号です。同期制御信号は、初期接続制御やフレーム同期に必要な情報で、制御方式によって内容が異なりますが、基準局から衛星までの伝播遅延時間などが含まれています。回線制御信号は、回線の接続制御に必要な情報で、回線の割当要求があった局に対するデータバースト位置とその送出タイミング情報などを含み、内容は接続制御方式によって大きく異なります。一般に固定割当方式ではこの信号は不要です。実際の通信データ以外の部分を総称してプリアンブルワード(PW:Preamble
Word)と呼び、上記に加えて局識別符号、データの分配情報などがあります。
ガードタイム(GT:Guard Time)は、各バーストの衝突を回避するための保護時間で、同期制御の正確さ(位置検出の量子化誤差、各データバーストのクロック位相差、ドップラーシフトによるバースト長の変化)によって所要の長さが決まります。
また、システムによっては次のデータバーストに対する復号器の状態設定を行うために、データバーストの後部にポストアンブルワードを配置する場合もあります。データ部は単一の地球局宛の信号で構成される場合と複数の地球局宛の信号で構成される場合があります。
固定割当方式では、あらかじめデータバーストの長さと位置が送信局ごとに定まっています。要求割当方式では、ネットワークの性格によって種々のデータバーストの割当方法、構成の仕方が考えられていますが、一般的には、ダイナミックで効率的なバースト割当を実現しやすいことからデータバーストの長さを固定し、割当要求に応じて複数のバーストを割り当てる方法が用いられます。
(2) 同期制御
同期制御はTDMAネットワークを構築するための基本的な技術であり、種々の方式があります。また、一つのTDMAシステムのなかでも回線の接続手順に応じて種々のレベルの同期制御があります。
(a) 受信フレーム同期
受信フレーム同期は基準バーストを受信し、そのユニークワードを検出してフレームの時間基準を維持する動作です。ユニークワードの検出は図10に示すように、TDMA装置の復調データ列とユニークワードパターンの相関検出によってなされます。
図10 種々のユニークワード検出の原理
同期確立以前の状態では相関検出に適当なスレショルド値Tを用い、相関値がT以上のときユニークワード検出の判定をします。誤検出確率はユニークワードパターンの長さを大きくしても2のべき乗のオーダーでしか減少しないので、実際には、誤検出の増大を避けるためにフレーム同期確率の判定を、複数回連続してユニークワードがフレーム周期で検出されることを条件とする方法が用いられます。これを同期の後方保護と呼びます。この方法でいったん同期が確率すると、次の基準バーストの位置が予測できるため、予測の正確さに対して余裕を持つ検出窓を設定し、この窓の中で相関検出を行うことによって誤って検出される確率を改善できます。(図10の出力B)。
フレーム同期が確立した状態で、受信の基準バースト信号レベルの一時的な劣化などにより、ユニークワードの検出に失敗することがあります。この場合でも、複数のフレームで連続して検出に失敗しないときは、内部クロックによって擬似的に同期を維持し、回線を維持する機能を持ちます。これを同期の前方保護と呼びます。
(b) 初期接続と送信バースト同期
初期接続は受信フレーム同期が確立した状態から、送信バーストをフレーム上の所定の位置に送出するタイミングを決定するまでの過程を言い、送信バースト同期はこの送出タイミングをフレーム周期に同期して維持することを言います。図11に受信フレームの基準バーストから初期信号、または送信バーストの送出タイミングを決定する概念を示します。
図11 初期接続および送信バースト同期の概念
図11で時間T0は、基準バーストに対する初期接続信号または送信バーストの所定位置を表し、TAは、衛星中継器上の基準バーストの予測位置と受信フレームの基準バーストとの相対的な、フレーム周期Tを法とする時間差を表し、次式で与えられます。また、Teは測定によって得られる所定位置に対する誤差を表します。TA'は、中継器上におけるTAの実験値として便宜的に示します。
TA = [Tr-qT] + Tp (11)
ここで、
Tr:バーストを送出する地球局と衛星間の報復伝播時間
T:フレームの周期
q:[ ]内が負にならない最大の整数
Tp:時間Trの間に衛星の軌道位置の変化によって生じる基準バーストのタイミング変化の予測値
初期接続および送信バースト同期には、上に述べた誤差Teを送出タイミングに反映する制御方式によってクローズドループ、フィードバックループおよびオープンループの3方式がありますが、内容は省略します。
(c) 受信バースト同期
受信バースト同期は、そのバーストのユニークワードの位置があらかじめわかるので、フレーム同期の項で述べた検出窓を設定する方法で行われます。回線の割当制御によってバーストの位置が時間的に変化する方式では、事前にその情報が基準バーストによって通報されます。受信局は同期のとれた各データバーストから、データの復調・復号を行い自局宛のデータを抽出します。受信バースト同期で、ユニークワードの検出に失敗すると、そのバーストの全データがバースト状の誤りとなり、一般に回復不可能です。
ユニークワードの検出誤りは、衛星回線で発生するランダム雑音などによる伝送誤りとの関係を考慮し、回線の用途に応じて決定されます。基準バーストのユニークワード検出誤りが増大すると、基準バーストの初期捕捉時間が増大しますが、同期が確立すると先述の前方保護により散発的なユニークワード検出誤りに対処できます。また、初期接続バーストに対するユニークワードの検出誤りの増大も、初期接続に必要な時間の増大をもたらしますが、伝送データの誤りに直接影響するのは受信バースト同期だけです。
(3) システム構成
図12にTDMAシステムの概念的な構成を示します。変・復調器は通常のディジタル衛星通信で用いるものと大差なく、一般にQPSKまたはOQPSK(Offset
QPSK)が用いられます。送信すべきディジタル化された各ベースバンド信号は、対応する圧縮用のバッファメモリに蓄積されます。メモリの容量は、そのベースバンド信号の1フレーム当たりの伝送ビット数です。各バッファメモリのデータは、送信バーストに同期して多重化器に制御され、データバーストの所定の位置に配置されるように読み出され、符号化器を経て変調器へ入力されます。送信バーストの先頭にはプリアンブルワードが配置されます。
図12 TDMA通信システムの構成例
復調器はまず、受信バーストの搬送波再生符号とクロック再生符号から搬送波とクロックを再生します。ユニークワード以降は連続波を受信する場合と同様、変調波から再生します。各再生符号は、その終点において搬送波およびクロックが所要の信号電力対雑音電力比を実現し得る長さに設定する必要があります。復調されたデータ列からユニークワードが検出されます。このときのシステムの動作状況に応じてフレーム同期の確立、同期維持、送信バースト同期、初期接続制御などの動作をします。データバーストの受信時には、復調・復号された局識別信号および回線制御信号により、復号信号をデータ伸張用のバッファメモリに蓄積し、多重分離器を経て各回線のクロックレートで連続信号として読み出されます。
なお、受信データバーストには伝播時間の変動などにより、時間的な揺らぎが生じるため、ベースバンド回線とのインタフェースには、この揺らぎを吸収するためのエラスティックバッファが必要になります。エラスティックバッファは、独立した回路を設計する場合と、その機能を伸張バッファに持たせる場合があります。
(4)システム設計
システム設計の基本となるのは、ネットワークの形態、構成する局の数、各局間のトラヒック、使用する衛星の性能、地球局高周波系の性能、要求される回線の品質です。これらはシステム設計する上で互いに関連しますが、国際的、国内的または個別のネットワークとして標準化されている場合は、それらの基準に適合させることが基本になります。
ネットワーク構成の基本方針として使用する衛星、地球局の性能、回線品質が定まると、回線設計により変・復調および符号化・復号方式を仮定して、1中継器当たりのおおよその回線容量が定まります。これらの諸元を前提として、変・復調および符号化・符号方式も含めて具体的なTDMAシステムの設計・開発に着手することになります。しかし、大規模なネットワークを新たに構築する場合は、衛星本体も含めて全体としての効率・経済性などを追求するシステムの研究開発が行われます。表2に具体的な例を示します。NTTのDYANET
TDMAシステムは、変・復調器を含む多くの部分のディジタル化を進め、LSI化によってコンパクトな端局を実現しています。
(5)より高度なTDMAシステムについて
(a) トランスポンダホッピングTDMA
トランスポンダホッピングTDMAは、ネットワークの大容量化のために複数の中継器を用いて一つのTDMAネットワークを構成するもので、中継器ごとに搬送周波数が異なる一つのTDMAフレームが用意されます。各フレームは同期しており、地球局の送受信周波数をデータバースト単位で切り替えて、すなわち周波数ホッピングして、別の中継器のフレームにアクセスすることができます。このことから、周波数ホッピングTDMAと呼ばれることもあります。
各地球局が送受信ともいずれのフレームにもアクセスできる場合と、受信バーストに関してだけいずれのフレームにもアクセスできる方式があります。いずれの場合も、一つの地球局のデータバーストが同時に複数のフレームに割り当てられることはありません。
NTTのDYANET TDMAは前者の方式の実例であり、後者の実例としてフランスのTELECOM-1や米国のSBS社のTDMAがあります。トランポンダホッピングTDMAでは、あるフレームのある時間スロットに空きがあっても、各地球局が送受信とも同時には一つのデータバーストにしかアクセスできないため、そこへアクセスできる地球局に制約があります。すなわち、トラヒックの需要があっても空きスロットを利用できないことがあります。
従って、DAMA方式のトランスポンダホッピングTDMAでは、効率の良いデータバースト割当アルゴリズムが重要な課題になります。文献では、マルチビームアンテナと組み合わせたトランスポンダホッピングTDMAのチャネル割当アルゴリズムについて議論しています。
(b) SS-TDMA
SS-TDMAは、マルチビームアンテナまたはスポットビームアンテナを用いる衛星通信システムであり、衛星上のビーム間接続スイッチとTDMAフレームを同期させてビーム間の接続を行います。ビーム間接続スイッチには、中間周波数帯でデータバースト単位でビーム接続を行うIFスイッチ方式と、衛星上でベースバンドの再生を行い、メモリを用いて同一局宛のデータでデータバーストを再構築し、再送信するベースバンドスイッチ方式があります。
いずれの場合も、任意のビーム間を接続するためにマトリックス形式の入出力スイッチで構成されます。米国の実験用通信衛星ACTSは両方の機能を有し、スポットビームの照射域をデータバーストと同期して切り替える高度な方式です。また、イタリアの通信衛星ITALSATは、6個の照射域固定のマルチビームアンテナと組み合わせたベースバンドスイッチ方式を実用に利用しています。
[出展]
飯田他19:衛星通信、オーム社(1999-8)
以上、時分割多元接続(TDMA)についてまとめました。次回は符号分割多元接続(CDMA)についてまとめる予定です。
[技術講座(衛星通信ー4)] (2002/04/28作成)
前回のTDMAに引き続き、符号分割多元接続(CDMA)についてまとめました。
4.符号分割多元接続(CDMA)
(1) CDMAの原理
スペクトル拡散変調を用いた多元接続(Spread Spectrum Multiple Access:SSMA)は、CDMAの最も一般的な例です。SSMAはCDMAの一種であって、スペクトルが一様に拡散するかどうかは意識せず、例えば直交符号によって局識別を行うことだけを念頭に置いたCDMAも可能です。ここではこれまで実績のあるSSMAについて述べます。
スペクトル拡散変調では拡散を行うため、あるいは局識別を行うため符号が用いられます。拡散と局識別を拡散符号により直接行うものが直接拡散(Direct
Sequence:DS)方式です。直接拡散方式では、情報変調波の周波数帯域よりも高いクロック周波数を持つ拡散符号により、情報変調波の位相をそのまま切り替えます。このため、スペクトルは図13のように拡散符号のクロック周波数に応じて拡散されます。通常の情報変調を一次変調、次に行われる拡散操作を二次変調または拡散変調と呼びます。受信機側では拡散されたスペクトルを元の情報変調信号に復元する逆拡散または拡散復調を行った後、通常の情報復調を行います。
図13 スペクトル拡散の原理
ここで、最もよく用いられるBPSKによる直接拡散方式の原理を述べます。図14に示すように、+1、-1の値をとる送信データをd(t)、+1、-1の値をとる拡散符号をc(t)とすると、送信信号s(t)は次のように表されます。
s(t) = Ad(t)c(t)cos(2πfct)
(12)
ここで、
A:搬送波の振幅
fc:搬送波の中心周波数
なお、拡散符号の1ビットをデータと区別してチップと呼びます。図13でRcはチップレートをRdはデータレートを表します。
図14 直接拡散方式
受信機では伝走路の遅延を受けた拡散符号の符号位相を同期回路により推定し、符号生成回路で送信側と同じ拡散符号c(t)を発生させ、掛けることにより逆拡散を行います。逆拡散後の受信信号r(t)は、{c(t)}2
= 1となることから、次のように表されます。
r(t) = Ad(t)c(t)c(t)cos(2πfct)
= Ad(t)cos(2πfct) (13)
上式はBPSKの表式そのものです。つまり逆拡散された信号は通常のBPSK信号となるので、同期検波などで情報が復調できます。拡散符号を変えれば、同じ通信路を違う局が同時に使用できます。このような使い方がスペクトル拡散多元接続(SSMA)です。各局の拡散符号開始タイミングを同期させる同期SSMAと、各局のタイミングが非同期な非同期SSMAがあります。同期SSMAは拡散符号として直交符号が使用でき、システム内の干渉雑音の発生がないため、TDMAと同様の収容局数が得られますが、衛星のリターン回線で各局のタイミング同期を図ることは難しく。フォワード回線にのみ使用可能です。
一方、非同期SSMAでは、一般に拡散符号間の相互相関関数がゼロではないことに起因する他局の干渉雑音があるため、同時通信局が増えてくると通信品質が徐々に劣化します。この性質を上品な劣化(graceful
degradation)と呼んでいます。
拡散帯域と情報帯域の比、あるいはデータレートとチップレートの比を処理利得と呼びます。例えば、2.4kbpsのデータレートの情報をチップレートが2.4552Mchip/s、符号長1023の拡散符号で拡散する典型的なBPSK直接拡散システムの処理利得は1023、すなわち30.1dBとなります。処理利得は他局の干渉を除去する程度を表す目安となる量であり、拡散復調後の受信信号に与える干渉波の影響がおおよそ1023分の1となることを意味します。実際の処理利得は、システムのパラメータ(拡散符号の種類、変調方式、帯域制限など)により、また干渉波が同じSSシステムの他局信号か、ほかのシステムの狭帯域かなどにより異なります。
直接拡散の拡散変調にはBPSKやQPSKがよく用いられますが、OQPSK(オフセットQPSK)やMSK(最小シフトキーイング)が用いられる場合もあります。
拡散用の符号と局識別用の符号を積符号の形で使用するシステムもあります。スペクトルの拡散はすべての局で同じ拡散符号を用いて行い、局識別に直交符号を割り当てるシステムの提案がQualcomm社から出され、米国のセルラー電話標準や、周回衛星で今後サービスを予定しているGlobalstarシステムに採用されています。これらのシステムでは局識別用の直交符号だけではスペクトルが一様に拡散しないため、拡散用の符号を合わせて使用しています。
符号によって情報変調波の搬送周波数を変えるものを周波数ホッピング方式(Frequency Hopping:FH)と呼び、切り替え速度(ホッピング周波数)がデータ伝送速度以上のものを高周波数ホッピング方式(fast
FH)、未満のものを低周波数ホッピング方式(slow FH)と呼んでいます。
図15は周波数ホッピング方式の原理図です。符号によってホップする周波数のパターンを変えるため、拡散符号と呼ぶ代わりにホップパターンと呼ぶことがあります。FHの場合、スペクトル拡散はホッピング周波数と無関係に、ホップする周波数間隔と周波数スロット数でほぼ決められるため、拡散帯域の設計の自由度が大きくなります。また、拡散後のスペクトルは拡散帯域で一様にホップさせることができ、長時間平均をとるとほぼ矩形のスペクトルとなります。
図15 周波数ホッピング方式
移動通信では、周波数選択性フェージング環境でホップする周波数を伝播路のコヒーレント帯域幅より広くとれば、周波数ダイバーシチ効果があり、フェージングの軽減に有効です。また、後述の遠近問題に強いという利点があります。
今まで民間の衛星通信、特に固定衛星通信では周波数ダイバーシチ効果が期待できないこと、Slow FHでは瞬時に狭帯域信号となるため、他システムとの干渉が問題となること、中継器の非線形性がホップ周波数間の混変調積を生じ新たな干渉波を発生させること、Fast
FHは装置が複雑になることなどから、周波数ホッピング方式単独では用いられていません。また、検討も十分行われていません。周波数ホッピング方式の衛星通信への応用は、今後の新しい研究分野となり得ます。
DSとFHの組み合わせはハイブリッド方式と呼ばれます。この方式はチップレートを変えずに処理利得を上げることができます。米軍のJTIDSや民間システムのOmniTracsで使用されています。
拡散復調は拡散変調と同じ操作を繰り返せばよいのです。直接拡散では送信側と同一の拡散符号を受信機のローカル拡散符号発生器で発生させ、掛ければよく、周波数ホッピングでは送信側と同じホップパターンの局部発振信号を掛ければ元の情報変調信号となり、この信号の復調は通常の方法で行えます。
スペクトル拡散方式特有の同期は、送受信間の周波数ずれを一致させる周波数同期のほか、拡散符号パターンの時間ずれを一致させる符号同期の機能を必要とします。この符号同期は、通信に先立ち拡散符号パターンの時間ずれを一致させる同期捕捉系と、捕捉により得られた同期を保持する同期保持系で構成されます。拡散符号の初期捕捉と同期確立、およびその維持がスペクトル拡散通信では重要な技術となります。
(2) 衛星通信におけるスペクトル拡散通信の特徴
スペクトル拡散通信方式を衛星通信に応用する場合、スペクトル拡散通信方式の特徴のうち耐干渉特性、秘話秘匿特性、ランダムアクセス特性などが利用されます。スペクトル拡散通信方式を静止衛星通信に使用する場合の利点を以下に示します。
@ 遠近問題の解消
スペクトル拡散通信方式、なかでも直接拡散方式で問題になる遠近問題とは、受信局の近傍などで処理利得以上に非希望波からの信号が強い場合、遠方の希望局からの信号を正常に受信できなくなることです。静止衛星通信ではすべての局と衛星との伝播距離がほぼ同じため問題となりません。
A 秘話性、秘匿性が高い
拡散符号が一致しないと復調できないので、秘話性に優れています。また、衛星回線で使用する場合、拡散された信号の電力密度が低いので、信号の存在を隠すことができます。このような特性は、軍用のシステムで利用されています。
B 非同期ランダムアクセスが可能
多元接続方式として利用する場合は、同一周波数で異なる拡散符号を使用して多重化するので、各局間の送信は非同期でかつ送信タイミングに制約がありません。同一バンド内に収容できる回線数は、衛星中継器の負荷特性にのみ制約され、厳密な回線数が規定されるわけではないため、多元接続の柔軟性が高いと言えます。衛星通信の場合、一般に回線制御、中継器の周波数補償(Automatic
Frequency Control:AFC)などのため、回線制御地球局やネットワーク制御地球局を置き、その局の統制のもとに各地球局が運用する形態をとっています。FDMAのSCPCやTDMAのシステムはこの運用形態に向いています。一方、スペクトル拡散通信は拡散符号を各局に割り当てておけば、回線制御なしで運用することができます。いわゆるランダムアクセス性を持ちます。
C 耐干渉特性が優れている
処理利得によってスペクトル拡散システムに対し、帯域内に狭帯域干渉波が存在しても干渉量が軽減されます。従って、衛星系と地球系の周波数共用などにおいて問題となる干渉が軽減できます。米国のスペースシャトルなどの周回衛星と地上との通信に用いられるTDRSSはその例です。
D 他システムとの干渉が少ない
拡散された通信波は、他の狭帯域通信システムに対して雑音の増加として影響を与えますが、拡散符号の電力密度が低いことから等価雑音劣化量を低く抑えることが可能です。小型地球局を用いる通信などで、使用する衛星の隣接衛星への干渉を軽減することができます。Equitorialシステム、OmniTracsシステム、NTTのSC30システムなどは、主としてCとDの理由によりCDMAを採用しました。
E 高精度の測距が可能
スペクトル拡散符号の拡散符号速度が情報速度に比べて高速であるため、拡散符号の同期検出の時間分解能が高くなります。複数の衛星からの距離を高精度に測定することで測位システムが実現できます。直接拡散方式では、拡散符号の自己相関特性が鋭いことを利用して伝播遅延時間の高精度な測定が容易です。衛星と地球局間の距離測定、それに基づく位置決定ができます。GPS(Global
Positioning System)がその例です。また、国家標準時を衛星経由で比較する目的にも使用されました。
F 情報速度の異なる複数のチャネルを一括して収容できる
拡散後の帯域が情報変調の所要帯域とほぼ無関係になるので、情報速度の異なるチャネルを同一システムで一括して収容することができ、柔軟なネットワークを構成できます。また、送受信機の構成が情報速度の変更に容易に対応できます。衛星を含む将来の公衆陸上移動通信システム(IMT2000)では、この理由から無線方式としてCDMAを用いたシステムが提案されています。また、マルチメディア移動体衛星通信用の伝送速度可変CDMAシステムの提案および装置開発例もあります。
G マルチビームや複数衛星システムとの親和性が高い
複数のサービスエリアを持つマルチビーム衛星が増えてきています。FDMAやTDMAは単一ビームだけを考えると衛星利用効率がCDMAよりも高いが、マルチビームではビーム間のアイソレーションが十分ではなく、許容できない干渉となるため、隣接ビームで同じ周波数を割り当てることができず、周波数の再利用効率が下がります。
一方、スペクトル拡散通信では隣接ビームからの干渉は、同一ビーム内の干渉と同じように取り扱うことができるので、同じ周波数の繰り返し利用ができ、システム全体としての周波数利用効率を上げることができます。また、同一周波数を使用する複数の衛星の同時使用(サテライトダイバーシチ)による稼働率の向上が可能です。レイク受信機を利用したサテライトダイバーシチは、Glibalstar、Oddeseyなどの周回衛星による移動体通信システムではすでに提案されています。
H マルチパスに強い
測距機能と同じ理由で伝播遅延時間の1チップクロック以上異なるマルチパスは識別可能で、別の信号として扱うことができます。ダイバーシチとして利用するのがレイク(rake:熊手)受信機です。レイク受信機ではマルチパスをかき集めるため、拡散復調器を複数用意し、各マルチパスの遅延時間に符号位相を合わせた拡散符号でそれぞれ逆拡散を行い、それらの信号を合成(ダイバーシチ)受信しています。
I ボイスアクティベーションによる干渉軽減が可能
電話のようなアプリケーションでは、ボイスアクティベーション技術により、無音時に送信電力を下げればこの局が他局へ与える干渉雑音が減り、システム全体の収容局数が増加します。ある統計によれば、衛星回線の電話では約65%の時間は無音です。
一方、スペクトル拡散通信方式を衛星通信に応用する場合の問題点としては、次のような項目が考えられます。
@ 衛星中継器の非線形の影響
中継器の非線形によって生じる相互変調ひずみが希望波と相関のあるスペクトルとなり、干渉量が大きくなります。
A スペクトル利用率
拡散符号間の相互相関関数が0ではないため、他局干渉雑音によりFDMA、TDMAに比べて1中継器当たりのスペクトル利用効率が低くなります。
B 装置構成が複雑
拡散復調のための符号同期系の回路規模が大きく、複雑です。
C AFC
衛星中継器や地球局で生じる周波数変動を補正するため、AFCが用いられますが、希望波の電力密度が低いため、キャリア検出などによるAFC回路が使用できません。
以上述べた利点、問題点を考慮し実際の通信システムへ応用されますが、スペクトル拡散通信方式は当初、耐干渉性や秘話秘匿性の点で軍用通信で実用化が開始され、多元接続性を利用する民間システムへと応用が広がっています。
(3) CDMAの回線品質
多元接続時の同時アクセス局数は、回線基準(総合所要SN比や許容ビット誤り率)と帯域、中継器の電力によって決まります。等電力PのM局が同時に1中継器にアクセスしている場合、地球局受信S/Nは近似的に次式で表されます。
S/N = JP/{(M-1)BP/2Rc+N0B} (13)
ここで、
J = 1:線形中継器のとき
J = π/4:ハードリミッタ中継器のとき
B:一次変調の所要帯域
Rc:チップレート
N0:地球局受信機の両側雑音電力密度
上式の導出には多元接続時の他局干渉雑音が処理利得分の1と近似できることを利用しました。処理利得Gp =
2Rc/Bのとき、CDMAシステムの同時アクセス局数Mは、式(13)を変形することにより求められ、回線の他局干渉雑音込みの総合所要SN比
S/Nreqおよび同時アクセス局がない場合の受信機熱雑音に対するSN比 S/Nthermal=P/N0Bを与えると次式のようになります。
M= JGp/(S/Nreq) - Gp/(S/Nthermal)
+1 (14)
CDMAではS/Nthermalを十分大きく与えても、S/Nreqの逆数分だけ常にスペクトル利用効率が低くなります。図16は、いくつかのS/Nreq、S/Nthermalの値について式(14)の処理利得Gpと同時アクセス局数Mの関係を示したものです。例えば、帯域を一次変調帯域の1000倍とした場合、FDMAやTDMAシステムでは混変調積やガードバンド、ガードタイム、オーバヘッドを無視すると最大1000局収容可能ですが、CDMAシステムではS/Nreqが10dBのときおよそ100局、S/Nreqを3dBまで下げても500局しか収容できません。逆に、CDMAで収容局数を増やすためには、誤り訂正符号の採用や一次変調方式の工夫で、S/Nreqをいかに下げるかが重要であることに注意を要します。なお、CDMAシステムの1中継器あたりの収容局数は少ないが、前述したように、マルチビームのシステムやセルラー自動車電話システムなどでは、CDMAは隣接ビーム/セルで同じ周波数の繰り返し利用ができ、システム全体としての周波数の利用効率を上げることができます。
図16 同時アクセス局数
かつての衛星通信では、ハードリミッターによって中継器の電力効率を上げていました。衛星出力端のC/N0はハードリミッタによる電力損が発生し、衛星入力端のC/N0に対しπ/4だけ劣化します。通信局数が少なく中継器出力のS/Nが大きい場合は、総合C/N0は地球局の受信機雑音が支配的となります。一方、通信局数が十分多ければ相互相関に起因する雑音が支配的となります。現在では、中継器の動作点はバックオフをとり、線形に近い状態で使用されている場合も多くなっています。中継器の動作点を飽和領域に近いところで使用すると、非線形性の影響を考慮する必要が出てきます。
BPSKによる直接拡散信号の共通増幅により受ける非線形の影響を考慮した結果、式(3)の3次相互変調積(IM)2fi-fjが希望波の拡散符号と同一の拡散符号を含む信号となり、この信号が希望波に同期した拡散符号で希望波とともに拡散復調されてしまうため、処理利得どおりに非希望波の影響が除去できず、受信特性を劣化させることが確認されています。また、これを避けるためには2逓倍してもスペクトルが線スペクトルにならない変調方式を拡散変調に採用すればよく、一次変調をBPSKとしたまま、拡散変調だけをQPSKとすることが効果的であることが示されています。なお、最近ではCDMAの他局干渉が確定信号であることを利用し、他局干渉除去やマルチユーザ受信技術により他局干渉雑音を抑え、同時アクセス局を増加させるための研究が進んでいます。
[出展]
飯田他19:衛星通信、オーム社(1999-8)
以上、符号分割多元接続(CDMA)についてまとめました。次回は少し趣きを変えて通信系ハードウエア(アンテナ、衛星搭載通信機器、地球局)についてまとめる予定です。
[技術講座(衛星通信ー5)] (2002/05/20作成)
衛星通信システムを構成する基本的なハードウエアとしてアンテナ、衛星搭載通信機器、地球局があります。その内で今回はアンテナ技術についてまとめました。
5.アンテナ技術
(1) アンテナの諸定数
(a) 予備知識
@ 座標
アンテナにおいて普通に用いられる座標系は極座標(R,θ,φ)です。図17に極座標を示します。
A 立体角
図18に示すように半径Rの球面上のある面積をSとしたとき、
ω = S/R2 (15)
によって立体角を定義します。単位はステラジアンです。
図17 極座標 図18 立体角
単位面積と単位立体角の関係を以下に示します。単位面積とは、図18の球の表面で、S=1のことです。これを立体角で表すと
ω = 1/R2 (16)
となります。すなわち、単位面積を立体角に換算する式です。単位立体角とは、ω=1のことであり、
1 = S/R2 (17)
であることから、球の表面に占める単位立体角あたりの面積は、
S = R2 (18)
となります。球全体の立体角は、球の表面積がS=4πR2であることから、
ω = 4πR2/ R2 = 4π (19)
です。
(b) 放射指向性
図17の極座標の原点に置かれた任意のアンテナによって放射された十分遠方における電磁界は、式(20)で与えられます。
E(R,θ,φ) = e-jkR/RU(θ,φ) (20)
k =2π/λ (21)
ここで、
λ:波長
R:距離
U(θ,φ)は指向性関数と呼ばれ、アンテナからの距離に無関係でθとφ、つまり方向性だけによって定まるもので、指向性に関するすべての性質を含んだものです。指向性U(θ,φ)をある平面でカットして測定したものをアンテナパターンと呼びます。励振した直線偏波の電界ベクトルを含む面で測定した指向性をE面パターン、それと直角で磁界を含む面で測定したものをH面パターンと呼びます。
(c) 放射電力
十分大きい半径Rの球面上では、電力の流れは球面に直角で外方に向かっており、球面上の単位面積当たりの電力、すなわち電力密度P(R,θ,φ)は、次式で与えられます。
P(R,θ,φ) = |E(R,θ,φ)|2/Z0 = | U(θ,φ)|2/(Z0R2)
(22)
ここで、
Z0:媒質の特性インピーダンス(固有インピーダンス)
Z0は真空中では次式で与えられます。
Z0 = √(μ0/ε0)
= 120π= 376.6 [Ω] (23)
また、単位立体角当たりの電力F (θ,φ)は次式で与えられます。
F (θ,φ) = | U(θ,φ)|2/Z0 (24)
このF (θ,φ)は特定方向(θ,φ)への電力強度を表します。
(d) 利得
アンテナの利得は"そのアンテナから任意方向に単位立体角当たりに放射される電力と、それと同一電力を供給されている等方性アンテナから単位立体角当たりに放射される電力の比"と定義されます。等方性アンテナとは無損失で、あらゆる方向に均一の強さの電磁界を放射する仮想的な無指向性アンテナをいい、アンテナの利得の基準として用いられます。あるアンテナの
(θ,φ)方向に対する電力強度をF (θ,φ)とすれば、利得G(θ,φ)は次式で与えられます。
G(θ,φ) = F (θ,φ)/(P0/4π) = 4πF (θ,φ)/P0
(25)
ここで、
P0:供給電力
図19(a)のようにあるアンテナの入力端子に電力P0を供給したとき放射される電波の(θ,φ)方向における単位立体角当たりの電力がF
(θ,φ)です。一方同図(b)のように、電力P0を損失のない等方性アンテナに供給したとき、全立体角にP0のエネルギーを均一に放射するので、単位立体角当たりはP0/4πとなります。式(25)の利得はアンテナでの損失を含んでおり、電力利得とも呼ばれます。
図19 アンテナの利得
次に、アンテナでの損失には関係なく、相対的な指向性の形だけにより定まる利得として指向性利得を定義すると、"特定方向への電力強度と全放射電力を単位立体角当たりに平均した値との比"となります。図19(a)でアンテナから全空間に放射される電力をPtとすると、Ptは次式で与えられます。
Pt = ∫F(θ,φ)dω (26)
ここで、
ω:立体角
指向性利得D(θ,φ)は定義より次式で与えられます。
D(θ,φ) = F(θ,φ)/(Pt/4π) = 4πF(θ,φ)/ Pt = 4πF(θ,φ)/∫F(θ,φ)dω (27)
ここで、P0とPtの関係について考えます。アンテナは一般に損失があり、内部損失電力をPlとするとPtは次式で表せます。
Pt = P0 - Pl = hP0
(28)
hは放射効率と呼ばれ、アンテナに供給した電力がどれだけの割合で空間に放射されるかを表します。式(25)と式(27)から、アンテナの利得(電力利得)と指向性利得の比は次式で表され、放射効率と一致します。
G(θ,φ)/D(θ,φ) = Pt/P0 = h (29)
一般に最大放射方向(θ0,φ0)における式(25)の値G(θ0,φ0)を絶対利得と呼び、デシベル値[dBi]で表します。(添字iはisotropic
antennaの意)
(e) アンテナ特性の可逆性
ある一つのアンテナを送信アンテナとして使用した場合と受信アンテナとして使用した場合は、利得および指向性などのアンテナ特性が全く同一であり、可逆性が成り立ちます。
(f)実効面積
到来電波の単位面積当たりの電力をP、アンテナの実効面積をAeとすると受信用アンテナから取り出し得る最大電力Wは次式で与えられます。
W = PAe (30)
アンテナの実効面積Aeはアンテナ利得Gを用いて次式で表せます。
Ae = λ2G/4π (31)
ここで、
λ:波長
ホーンアンテナのような開口面アンテナにおいて、実際の開口面積Aに対する実効面積Aeの割合、すなわち、
η= Ae/A (32)
を利得係数または開口面効率といいます。式(29),(30)から、実際の開口面積Aを有するアンテナの利得Gは、次式で与えられます。
G = 4πηA/λ2 (33)
実際の開口が直径dの円形であれば、次式で表されます。
G = (πd)2η/λ2 (34)
(g)ビーム幅
ビーム幅はアンテナパターンから求められます。通常は電力半値幅が用いられます。これは図20に示すように、ピークから3dB下がったところの角度幅です。パラボラアンテナなど通常の反射鏡アンテナの半値幅θ1/2は、近似的に次式で与えられます。
θ1/2 = αλ/d [ °] ( 35)
ここで、
d:アンテナ直径
α = 65〜70
図20 アンテナビームの幅
(h)サイドローブ特性
メインビーム方向以外に生じる指向性の山(lobe)をサイドローブと呼びます。サイドローブはほかの衛星通信システムあるいは地上系通信回線に対して干渉を与えるとともに、それらからの干渉を受ける源となるので、できるだけ低減することが必要です。パラボラアンテナのような開口面アンテナでは開口が一様な振幅と位相で照射された場合、与えられた開口面積に対して利得が最大になりますが、第1サイドローブの利得はメインビームの最大利得から13dB低いだけです。サイドローブをさらに低くするためには開口の幅に向かって照射レベルを低くする、いわゆるテーパ分布にすることにより実現されます。また、オフセットパラボラアンテナのように一次放射器や副反射鏡などによるブロッキングを少なくすることも有効です。
(i) アンテナ雑音温度
温度をもった物体は熱エネルギーを放射線(電磁波)として周囲に放出しています。宇宙空間、大気、大地なども熱を電磁波として放出しています。アンテナを空間に置いて受信アンテナとして使用していると、これらの熱エネルギーも受信され雑音電力として出力します。この雑音電力をPmとした場合、アンテナ雑音温度Taは次式で与えられます。
Ta = Pm/κB (36)
ここで、
κ:ボルツマン定数(=1.38×10-23J/K)
B :受信機の帯域幅 [Hz]
アンテナ雑音温度を、(θ,φ)方向に対するアンテナの指向性利得D(θ,φ)と温度分布T(θ,φ)で表せば次式となります。
Ta = 1/(4π)∫∫T(θ,φ) D(θ,φ)sinθdθdφ (37)
極めて利得の高いアンテナの場合、大部分のエネルギーはメインビーム方向に集中するので、Taはその方向にある空間の温度Tそのものとなりますが、一般的には、アンテナの指向性と空間の温度分布の関数となります。すなわち、アンテナのサイドローブが高い場合は、アンテナ正面方向の雑音のみならずサイドローブが指向する方向、一般には大地(300K)あるいは仰角の低い天空部分、すなわち厚い大気層の雑音温度も受信することになり、通信にとっては好ましくありません。
(j) 偏波
電波は電界、磁界が特定方向を向いています。このような性質を偏波と呼びます。一定の面内にあって変化しない場合を直線偏波と呼びます。電界が大地に垂直な場合を垂直偏波、水平な場合を水平偏波といいます。等しい強さの水平偏波と垂直偏波が90°の位相差で合成されると、電界ベクトルが回転する円偏波となります。図21に円偏波の様子を示します。円偏波には電界・磁界の回転方向によって右旋円偏波と左旋円偏波があります。電波で使われる定義は同図にあるように、進行方向とは反対の方向(z側)から見た時の電界ベクトルの回転方向によって、時計回りの場合は右旋、反時計回りの場合は左旋とします。同図は左旋円偏波の例です。
一般に、電波を等しい強さにすることや位相差を90°にすることは難しいため、円偏波ではなく楕円偏波となります。
図21 円偏波
(2) 基本アンテナ
(a) 線状アンテナ
線状アンテナの代表はダイポールで、その構造を図22に示します。l = λ/4で全長λ/2となり、半波長ダイポールと呼ばれ、その利得は2.15dBiで、ビーム半値幅は78°です。図23に半波長ダイポールアンテナの放射パターンを示します。ダイポールアンテナを含む面でカットしたアンテナパターンは、ダイポールに垂直な方向がピークとなる8の字のようなパターンとなります。ダイポールに垂直な面でカットすると、すべての方向で等しい等方向性パターンとなります。
図22 ダイポールアンテナの構造 図23 半波長ダイポールアンテナパターン
(b) ホーンアンテナ
ホーンアンテナは反射鏡アンテナの一次放射器としてよく使われます。また、広いビーム幅が必要なとき、それ自身で一つのアンテナとして使われます。ホーンアンテナはビーム幅がグローバルカバレージ(global
coverage:静止衛星から地球全体を見込む意味で使う。地球を見込む角度は約18°)として適当なことから、衛星搭載アンテナとしてよく使われます。
ホーンアンテナは図24に示す方形導波管を広げていった角錐ホーンと、円形導波管を広げていった円錐ホーンの2種類に大別されます。ホーンアンテナは利得に関して理論値と実測値がよく一致し構造的に堅牢であるため、マイクロ波帯において各種アンテナ利得を測定する際の基準アンテナとして利用されます。反射鏡アンテナの一次放射器に多く用いられるホーンアンテナとしてコルゲートホーンと複モードホーンがあります。これらはアンテナのメインビーム方向軸の回転対称で低サイドローブのアンテナビームを放射し、交差偏波成分が少ないという特徴があります。
コルゲートホーンは図25に示すように、円錐ホーンの内壁に周期的構造のひだを設けたもので、普通の円錐ホーンに比べて大きくなります。複モードホーンは、図26(a)のように誘電体を装荷したものや、同図(b)のようにホーン部分が階段状に変化しているマルチフレアホーンがあり、コルゲートホーンより少し小さくなっています。
図24 ホーンアンテナ
図25 コルゲートホーン
図26 複モードホーン
(c) 反射鏡アンテナ
反射鏡アンテナは、代表的なものとして@パラボラアンテナ、Aカセグレンアンテナ、Bオフセットパラボラアンテナ、Cオフセットカセグレンアンテナがあります。反射鏡アンテナは衛星通信、BS受信アンテナ用など幅広く使われています。図27に示すように、反射鏡アンテナは焦点にある一次放射器から放射される球面波を平面波に変換することにより、高利得・低サイドローブを実現しています。

図27 反射鏡アンテナの動作
@ パラボラアンテナ
パラボラアンテナの構造は図27に示すように、パラボラ面を反射鏡とし、焦点に一次放射器を設けた構造です。パラボラ面は回転方物面であることから、焦点から反射鏡までの距離l1と軸に垂直な面と反射点までの距離l2の和(l1+l2)は一定となり、焦点に置かれる一次放射器からの球面波を開口面上で平面波に変換しています。一次放射器としては、ホーンアンテナなどが使われます。
A カセグレンアンテナ
カセグレンアンテナは図28に示すようにパラボラ面を主反射鏡とし、回転双曲面を副反射鏡とする複反射鏡アンテナです。副反射鏡の二つの焦点のうち、一方は一次放射器の位相中心と一致し、他方は主反射鏡の焦点に一致しています。副反射鏡は一次放射器と主反射鏡に対する球面波の変換器であり、主反射鏡は球面波と平面波の変換器です。カセグレンアンテナの特徴は、パラボラアンテナと異なり主反射鏡後方の広い場所に低雑音増幅器などを収容することができ、スペースに余裕があること、給電用導波管が短くて済むため損失が少ないことです。カセグレンアンテナは衛星通信用地球局アンテナとして広く用いられています。
B オフセットアンテナ
回転対称なパラボラ面を主反射鏡とするパラボラアンテナやカセグレンアンテナでは、主反射鏡の前面に一次放射器や副反射鏡およびそれらを支える支柱などを設けなければならず、電波をブロッキングし、サイドローブの増加、利得の低下など放射特性劣化の原因となります。これを避ける方法として、パラボラ面の一部の面のみを鏡面として使うことにより、一次放射器や副反射鏡を開口の外に設けるようにしたのがオフセットアンテナです。このアンテナは低サイドローブ化が可能です。
図28 カセグレンアンテナ オフセットパラボラアンテナ
(d) 円偏波アンテナ
円偏波の電波は移動体衛星通信などでよく用いられます。円偏波を発生するアンテナを円偏波アンテナと呼びます。
@ クロスダイポールアンテナ
ダイポールアンテナではその構造上直線偏波しか発生できないが、2個のダイポールアンテナを図29に示すように同一面内に十字形に直交して配置し、互いに位相を90°ずらせて励振すると、2個のダイポールを含む面に垂直な方向で円偏波を発生することができます。これをクロスダイポールアンテナと呼びます。ダイポール面に垂直な二つの方向では互いに逆方向の円偏波が発生するため、後方1/4波長の位置に反射板を置き、単向性として用いる場合が多いです。
図29 クロスダイポールアンテナ
A マイクロストリップアンテナ
最近、最も注目されているアンテナで、自動車などの移動体局用アンテナ、衛星放送用アンテナおよび衛星搭載用アンテナなどに使用されています。特徴は、・アンテナの厚さが薄い、・軽量、・構成が簡単、・製作が容易、・半導体回路との集積化が容易、・円偏波が得やすい、・利得が比較的高い(約7dBi)であり、広く利用されていく可能性のあるアンテナと考えられています。
方形マイクロストリップアンテナは図30に示すように、薄い誘電体基板上に方形の開放型平面回路の共振器を形成したもので、放射による損失を積極的に利用しています。共振器の構造は方形のほかに円形、三角形、五角形と種々提案されています。動作原理は同図に示すように、マイクロストリップアンテナの縁に漏れ電界を形成し、これから電波が放射されます。
図30 方形マイクロストリップアンテナ
(3) アレーアンテナ
同じアンテナを多数配列したアンテナをアレーアンテナ、配列されるアンテナをアンテナ素子と呼びます。アレーアンテナでは、アンテナ素子の種類、配列方法、励振の仕方などによって、単一のアンテナではできない種々の機能を持たせることができます。特に、アンテナに要求される指向性を、その要求に応じて満たすような最適化の方法が指向性合成と呼ばれます。一般に指向性の同じアンテナ素子を並べたときの合成の指向性は、
(合成指向性)=(アンテナ素子の指向性)×(等方性アンテナの配列の指向性)
で与えられます。これは、アレーアンテナのもつ最も大きな機能の一つです。アレーアンテナの各アンテナ素子の励振振幅と励振位相を変えて指向性合成することにより、次のような機能を持つアレーアンテナが得られます。
@ 所望の指向性を得ることができる。
A 放射指向性の主ビームの幅を変化できる。
B サイドローブを抑圧し、そのレベルを制御できる。
C 放射指向性中のゼロ点(ヌル:null)の位置を指定できる。
D 所望の利得を得ることができる。
アレーアンテナの別の特徴は、主ビームを立体的に振り回すビーム走査が可能なことです。アンテナ素子の配列を固定しておき、各アンテナ素子の励振位相を変化させることにより、主ビームを空間の任意の方向に向けることができます。これをフェーズドアレーアンテナと呼びます。アレーアンテナの利得は、アンテナ素子間に相互作用がなければアンテナ素子数nに比例しますが、実際にはアンテナ素子間の相互結合のためn倍にはなりません。
(4) マルチビームアンテナ
(a) マルチビームアンテナの機能
マルチビームアンテナとは図31に示すように、複数のビームと複数の入出力端子を持ち、複数の独立した情報を伝送できる1個のアンテナのことで、ビームのスポット化による利得の増大、ビームの空間分布による周波数再使用を可能にします。マルチビームアンテナがなぜ必要かを、移動体衛星通信を例にとって考えてみます。
図31 マルチビームアンテナの概念
@ 一般に移動体地球局は大型アンテナや大電力送信機を搭載するのが困難なため、衛星側で大きな利得のアンテナが必要ですが、利得とアンテナ開口面積の関係式(30)より、利得Gを大きくするには開口面積Aeが大きくなければなりません。
A 開口面積Aeが大きいアンテナは開口直径dとビーム幅の関係式(34)からビーム幅が小さくなってスポット化します。このため、サービスエリアをすべてカバーするためには多数のスポットビームが必要となります。
B 多数のスポットビームの要求は、単一スポットビームを持つ通常のアンテナをビーム数分だけ用意すれば満たすことができますが、衛星のように重量や設置空間に厳しい制約がある場合には、大型アンテナを多数積むことは実際上不可能となり、1個のアンテナで複数の独立したスポットビームを放射できるマルチビームアンテナが必要となります。
(b) マルチビームアンテナの方式
マルチビームアンテナをアンテナ形式から分類すると、図32に示すように@ 反射鏡型、A アレー型、B 反射鏡+アレー型があります。
図32 各種マルチビームアンテナ
@ 反射鏡型
焦点近くに一次放射器(主にホーンアンテナ)を複数個置いた構造です。反射鏡型は簡単な構造で少数ビームに対しては性能も良いのですが、一次放射器が増えてくると焦点からのずれが大きくなり、特性が劣化してきます。このタイプのもとしては、オフセットパラボラ、オフセットカセグレンが使われています。
A アレー型
アレーアンテナは、各素子の配置や位相を適当に変化させることにより指向性を比較的自由に操作できるという特徴を持ち、これを利用してマルチビームアンテナを構成できます。図33にその構成を示します。受信で考えると、アンテナ素子の出力を3分割(一般的にはn分割)し、分割した出力にそれぞれ移相器を接続し、ほかのアンテナ素子の出力と合成して出力します。アレー型の特徴は各ビームの特性が劣化しないことですが、給電回路が複雑になり損失が大きいことが欠点です。
図33 アレー型マルチビームアンテナ
B 反射鏡+アレー型
一次放射器としてアレー型マルチビームアンテナを焦点に置いた反射鏡マルチビームです。このアンテナでは各ビームの特性の劣化がなく、かつ給電回路損失を小さくできます。
[出展]
飯田他19:衛星通信、オーム社(1999-8)
以上、アンテナ技術についてまとめました。次回は衛星搭載通信機器についてまとめる予定です。
[技術講座(衛星通信ー6)] (2002/06/24作成)
前回のアンテナ技術に引き続き、衛星搭載通信機器ついてまとめました。
6.衛星搭載通信機器
衛星に搭載される通信ミッション機器は、大別してアンテナと中継器(送受信機)から構成されます。アンテナには主反射鏡や副反射鏡、給電部のほかに、指向制御機能を有するアンテナではビーム制御装置が、軌道上で展開するアンテナでは展開ならびに保持機構が含まれます。一方、中継器では、信号に直接かかわる送受信機部分のほかにも中継器を構成する機器間をつなぐ同軸ケーブルや導波管類、衛星システムからの電力供給を受けて分配するためのケーブル、テレメトリ・コマンド装置を介して機器の制御やモニタを行うための回路およびインタフェースケーブルといった、通信機器としてのブロック図には現われないコンポーネントが含まれています。
(1) 搭載アンテナ
将来の衛星通信には、地球局機器の小型化が要求されるため、衛星には大型アンテナを搭載する必要があります。特に将来の移動体静止通信衛星には直径15〜30m級の搭載アンテナが要求されており、ロケットのフェアリング直径より大きな直径のアンテナは打ち上げてから展開する必要があります。
(a) アンテナ反射鏡面構築技術
搭載アンテナに対する要求として直径と使用周波数があります。図32に各種搭載アンテナが使用可能な直径と周波数のおよその関係を示します。周波数が高くなると鏡面精度の高いものが要求されるため、鏡面はメッシュではなくソリッド面が要求されます。アンテナの展開方法として展開型と組立型があり、展開型は高い周波数または大口径のアンテナに適しますが、両方を満たすためには組立型が必要です。
図32 各種搭載アンテナに適用可能な直径と周波数
@ 展開型アンテナ
アンテナの展開方法として、あらかじめ反射鏡面を所望の曲面で成形しておき、軌道上で鏡面を支持するアームを展開するアーム展開型と呼ばれる方法があり、ETS-Y衛星の3.5m搭載アンテナに採用されました。もう少し大型の例として、1974年に打ち上げられたATS-6での直径9.1mの展開型アンテナが有名であり、その後、FLTSATCOM(1981年)、TDRS(1984年)で直径5m級の展開型アンテナが実用に供せられています。これらに引き続く展開型アンテナの当面の目標は、移動体通信衛星への搭載を狙いとした直径10〜20m級にあるといえます。
このような大型の搭載アンテナでは、メッシュ展開型アンテナと呼ばれる、電波を反射する網状膜面を展開し、鏡面を構成する方式があります。代表的な方式に次のものがあります。
● 巻き込みリブ型:図33に示されるように放射状に広がった平板のリブとそれらを取り付ける中心のドーナツ型、あるいはドラム形のハブからなり、リブの間に反射膜が張り巡らされています。この形式のアンテナを用いた衛星の例としてATS-6のパラボラアンテナがあります。リブは円弧状断面のアルミ製で48本あり、巻き込んだ際の径は1.98mになります。
図33 ラップリブ型展開アンテナの例
● 傘状展開型:巻き込みリブ型と同様、放射状の複数のリブと中心ハブからなっており、リブの根元を傘のように開く形式です。TDRS用のKバンドアンテナ(図34)が実用化されています。開口径は4.9mであり、18本のグラファイトエポキシ製のリブにより金メッキモリブデンメッシュを支えています。
図34 傘状展開型アンテナの例
おおむね10数GHz以上の周波数の場合は、鏡面をソリッド面としてアーム展開型アンテナが用いられますが、サンフラワー型と呼ばれる図35に示すような中央鏡面パネルの周りに、サポートリングにヒンジで結合された6枚の四辺形パネルとこれらのパネル間にヒンジで結合された一対2枚ずつ、合計12枚の三角パネルからなるアンテナがあります。
図35 サンフラワー型展開アンテナ
そのほか、膜面膨張型アンテナと呼ばれる軌道上でガスなどにより風船のように膨らませ、その壁面を反射鏡として利用するアンテナがあり、ヨーロッパ宇宙機関で開発が進められています。
A 組み立て型アンテナ
組み立て型アンテナは、本質的に高い鏡面精度が得られると期待できるので、通常は相反する大口径と高周波数帯の要求を同時に満たすことができます。そのうえ、軽量にできること、打ち上げのショックに耐える強度が小さくてよいこと、形状が自由にできることなど、多くに長所を有すると考えられます。ただし、宇宙においてアンテナを組み立てるためのロボットアームなどの施設が必要です。
(b) アンテナ指向方向制御技術
マルチビーム衛星通信および高度に成形されたビームによる衛星放送や地域別衛星放送を実現するためには、ビーム指向方向の高精度制御が必要です。アンテナ指向方向制御の課題として、次のものがあります。
@ アンテナビーム制御
スポットビームのようにアンテナビーム幅が特に狭い場合には、アンテナビームを地上の特定の地点に向けるために、地上の基準となる局からのビーコン信号や特定の通信波を利用し、その電波の到来方向を測定してアンテナを制御することが行われています。大型のアンテナではアンテナビームを動かすことが衛星の姿勢変動要因となる可能性があります。姿勢制御とアンテナビーム制御が干渉し合い、どちらも不満足な制御結果になる可能性があります。
A 軌道制御中の姿勢変動の改善
衛星の軌道制御に伴う姿勢の変動を極力抑えるように軌道制御システムの改善を行うとともに、姿勢制御系機器との連携動作により軌道制御中も姿勢の変化が起こらないシステムを作る必要があります。
(2)搭載中継器
代表的な衛星搭載中継器の構成を図36に示します。同図は、衛星上での交換機能がない一般的な通信衛星や放送衛星の概念を表しています。このような衛星では送受信周波数の関係が固定されるので、衛星上では受信波を直接送信周波数に変換する方式が用いられます。衛星回線では、受信側が高く送信側が低い周波数を使うのが通例なので、同図にあるようにダウンコンバータで周波数変換を行います。
図36 シングルコンバージョン型中継器の構成
一方、衛星上で送受信ビームを切り替えたり、送信周波数を変えたりする機能を持つ衛星もあります。この場合には、受信した信号を共通の中間周波数帯に変換し、そこで希望する経路への接続を行ったあとに送信周波数帯に再度変換することが行われます。このような構成をとる中継器の一例を図37に示します。この例は通信放送技術衛星(COMETS)のKaバンド登載中継器の構成です。
図37 COMETS Kaバンド中継器の構成
[出展]
飯田他19:衛星通信、オーム社(1999-8)
以上、衛星搭載通信機器についてまとめました。次回は地球局技術についてまとめる予定です。
[技術講座(衛星通信ー7)] (2002/07/17作成)
前回の衛星搭載通信機器に引き続き、地球局技術ついてまとめました。
7.地球局技術
衛星通信用地球局は、一般的に図38に示す装置類で構成されます。各装置は必要に応じた冗長性を持つ構成とすることにより、システム全体の稼働率がある基準以上となるように設計されます、地球局を構成している装置には次のものがあります。@アンテナ、Aアンテナ追尾装置、B大電力増幅器、C低雑音増幅器、D周波数変換器、E変復調器、符号化復号化器、F回路制御装置、G電源部。
図38 地球局の構成
地球局を構成する装置は、機能あるいは使用する周波数帯により、次のように分類できます。機能で分類すると地球局はアンテナ系、送信系、受信系および端局系に分けられます。アンテナ系は@アンテナとAアンテナ追尾装置、送信系はB大電力増幅器とD周波数変換器、受信系はC低雑音増幅器とD周波数変換器、端局系はE変復調器および符号化復号化器で構成されています。
一方、使用する周波数帯で分類すると、地球局は三つの部分に分けられます。アンテナと増幅器から構成される高周波部(RF部:Radio
Frequency)では、衛星と地球局間の回線で使用されるのと同じ周波数が用いられます。中間周波部(IF部:Intermediate
Frequency)では、RF部と比べ、より使用しやすい中間周波数帯に周波数を変換して使用されます。通常は1.7GHz、140MHz、70MHzなどの周波数が使用されます。変調器で変調される信号あるいは復調器で復調された信号が通過する部分は、ベースバンド部と呼ばれ、周波数で見るとさらに低い周波数帯です。以下にこれらの装置の働きと性能および要求条件について述べます。
(1) 地球局のアンテナ
衛星通信に用いられるアンテナは、微弱な電波を有効に受信機に供給できる能力が要求されるばかりでなく、他の通信システムに与える干渉(与干渉)と他の通信システムからの干渉(被干渉)をできるだけ小さく抑える能力が要求されます。干渉の対象となるのは、他の衛星通信システムばかりでなく、地上のマイクロ波通信システムなども含まれます。与干渉や被干渉で問題となるのは、主にアンテナのサイドローブ放射特性です。
(a) アンテナの形状
固定衛星通信地球局で一般的に用いられている反射鏡アンテナは、パラボラアンテナとカセグレンアンテナです。形状で分類すると前者は単一反射鏡アンテナであり、後者は複反射鏡アンテナです。それぞれについて対称型と非対称型があります。
● パラボラアンテナ
反射鏡面が軸対称の回転方物面をなし、その焦点に給電装置を設置する形状を取ります。遠方の衛星からの平面波は反射鏡で反射され、球面波となって給電装置に電力が集中します。給電装置として、ダイポールアンテナあるいはホーンアンテナが使用され、これらは1次放射器と呼ばれます。この給電装置によって、到来する電波が遮蔽されるために、アンテナ利得の低下とサイドローブの上昇が起こります。この特性変化は、回転方物面の一部を反射鏡面として使用したオフセット型アンテナを使用することでかなり改善できます。また、切り取る方物面に応じて、アンテナの形状をある程度自由に設計できる利点もあります。
● カセグレンアンテナ
回転放物面を主反射鏡とし、回転双曲面を副反射鏡としたアンテナで、両曲面の焦点が同じ位置になるように設置されたアンテナです。回転双曲面のもうひとつの焦点に給電装置を設置します。衛星からの平面波は、主反射鏡と副反射鏡で反射して球面波となり、給電装置で同位相となって電力が集中するようになります。実行焦点距離とアンテナ直径との比をパラボラアンテナよりはるかに大きくできるため、交差偏波特性を改善できます。また、オフセット型を採用することによりサイドローブ特性を改善できます。
(b) アンテナの利得
アンテナの利得は式(33)(技術講座11参照)で与えられます。図39に衛星通信で使用されている代表的な周波数におけるアンテナ直径とアンテナ利得の関係を示します。開口面効率を60%として計算しています。開口面効率を決める要因は、副反射鏡や主反射鏡外への電力の漏洩、副反射鏡や支持柱による遮蔽、反射鏡面での乱反射、開口面の照度特性などです。通常の固定衛星通信用アンテナの開口面効率は50〜70%程度です。
図39 アンテナ直径とアンテナ利得、電力半値幅の関係
(c) アンテナの指向性
反射鏡アンテナの電力半値幅は、近似的に式(34)(技術講座11参照)で与えられます。開口面効率の高いアンテナに対しては、α=65°程度の値をとります。電力が1/10になる角度幅も同様の式で表現でき、α=112°程度の値をとります。図39には、アンテナ直径に対する電力半値幅を示しています。式(33)、(34)から周波数の項が消去でき、アンテナ利得と電力半値幅の関係が得られます。
G≒η(απ/θ1/2)2
(36)
式(36)から明らかなように、アンテナ利得は電力半値幅θ1/2の2乗に近似的に反比例し、周波数には依存しません。
(d) アンテナのサイドローブ特性
地球局のアンテナ放射特性は、一般に図40のような放射パターンを示します。アンテナ主軸方向以外の角度に発生する放射ピークをサイドローブと呼びます。他のシステムに対する被干渉と与干渉を軽減するためには、このサイドローブ特性をできるだけ低くする必要があります。他の衛星システムや地上通信回線との干渉の評価を行うために、ITU-Rでは基準放射パターンを定めています。例えば、2GHzから10GHzの周波数を使用する地球局で、比較的口径の大きな(D/λ>100)アンテナの基準放射パターンは、次式としています。
G = 32−25logΦ [dBi] 1°≦Φ≦48°
G = −10[dBi] 48°<Φ (37)
ここで、
G:等方性アンテナを基準とした相対アンテナ利得
Φ:主軸方向からの角度
図40 典型的アンテナパターン
一方、静止衛星を運用する地球局のアンテナ(1991年以降に建設するD/λ>100のアンテナ)の設計基準としては、次の放射パターンが勧告されています。
G = 29−25logΦ [dBi] 1°≦Φ≦20° (38)
すなわち、3dB分だけ式(37)より厳しい条件です。具体的には、サイドローブピーク数の10%以上がこの放射パターンを超えないように設計することが勧告されています。
(e) アンテナ利得と雑音温度
アンテナを含めた地球局の受信系の性能を定量的に表現するために、アンテナ利得と雑音温度との比G/T(dB/K)が使われます。ここで、Gは受信機の低雑音増幅器の入力端で測定されるアンテナ利得です。すなわち、アンテナ給電部から低雑音増幅器までの伝送損失などを含んだ利得です。雑音温度Tは同じく低雑音増幅器の入力端で換算した雑音温度で、これには、アンテナ雑音温度と受信機の雑音温度とが含まれています。これを1K(ケルビン)を基準としてデシベル表示します。
アンテナと低雑音増幅器の間に伝送損失がある場合には、アンテナ利得Gの減少ばかりではなく、次に述べるように雑音温度の上昇を招き、しいてはG/Tの低下となります。このとき、雑音温度Tは次の式で与えられます。
T = Ta/L + (1−1/L)T0 + TLNA (39)
ここで、Ta:アンテナ雑音温度
L :伝送損失
T0:周囲温度
TLNA:低雑音増幅器の雑音温度
図41に伝送損失Lに対するG/Tの関係を示します。このように、伝送損失は受信系性能G/Tを左右する大きな要因です。したがって、アンテナ給電部と低雑音増幅器の間の伝送損失をできるだけ小さくなるように設計することが、アンテナを含めた受信系の性能を向上させるための重要な点です。
図41 伝送損失とG/Tの関係
(f) アンテナの軸比
右旋円偏波を送信するために設計されたアンテナは、右旋円偏波のみを送信して、左旋円偏波を送信しないことが理想ですが、現実のアンテナでは左旋円偏波成分を持つために、両者が合成されて楕円偏波が送信されることになります。この偏波に関する性能を表現する量がアンテナ軸比です。これは楕円偏波の短軸に対する長軸の比を表すもので次式で与えられます。
r = (ER + EL)/(ER
- EL) (40)
ここで、
ER:右旋円偏波成分の振幅
EL:左旋円偏波成分の振幅
分子は楕円の長軸の長さ、分母は短軸の長さです。完全な右旋円偏波の場合には軸比は1となり、両円偏波成分が等しく直線偏波になる場合には軸比が∞となります。右旋円偏波の受信アンテナの例で言えば、完全な右旋円偏波の電波が到来した場合、受信アンテナの軸比が大きいほど受信電力の損失の増大となって表れます。
(2)アンテナ追尾装置
静止衛星といえども東西および南北方向へのわずかな見かけ上の運動を行っており、また地球局アンテナの機械的な変形や運動、伝播路の変化によって衛星からの到来電波の方向が変化します。そこで電力半値幅の狭いアンテナでは、その主軸方向を常に衛星に向けておくためのアンテナ追尾システムが必要になります。
(a) ステップトラック方式
衛星から一定電力で送信されている信号を受信し、アンテナの指向方向を変化させ、受信電力が最大になる方向を検出することにより、衛星の方向を追尾する方式をステップトラック方式と呼びます。一定の時間間隔でアンテナの指向方向をある角度に変化させ、受信電力が増加した場合には同一の方向、減少した場合には逆方向に変化させます。アンテナの指向方向は方位角と仰角の2自由度で表されるため、それぞれを交互に変化させるなど追尾のアルゴリズムには工夫が必要です。
受信信号には衛星から常時送信されているビーコン信号やテレメトリ信号などが使用できるので、ステップトラック方式には受信機と追尾用の制御装置だけで、アンテナには特別な装置が必要ないという利点があります。しかし、追尾精度がビーコン電力の降雨による減衰、シンチレーションなどの急激な信号電力の変動に影響を受けやすいという欠点を持っています。
アンテナのビーム方向を制御して、衛星から送信されている電波の到来方向から追尾を行う方式を一般にロービング方式と呼びます。ロービング方式には、ステップトラック方式のほか、複数のビームを形成してその間で切り替えて到来方向を推定するビームスイッチング方式や、円錐状にビームを操作するコニカルスキャン方式があります。
(b) モノパルス方式
モノパルス方式は、複数の対称に設置したアンテナ給電部からの信号の振幅を比較し、アンテナの指向性の誤差を直接検出する方法です。同時ロービング方式とも呼ばれます。図42にモノパルス方式の原理の概念図を示します。主軸に対して四つのホーンを対称に置き、それらのホーンからの信号の和信号と差信号を検出します。衛星方向とアンテナの主軸方向のずれは、和信号レベルを基準としたときの差信号レベルを検出することによって得ることができます。このようなホーンの構成は誤差信号の検出には効果的ですが、アンテナ給電部が複雑になり、良い放射特性が得られないなどの欠点があります。
図42 複数ホーンを用いたアンテナ追尾方式の原理図
(c) 高次モード方式
高次モード方式は、アンテナ主軸方向と衛星方向とが一致している場合には、円形導波管の高次モ−ドであるTM01モード、TE01モードおよびTE21モードなどの各モード成分が発生しないことを利用して追尾する方式です。直線偏波の場合には、偏波面方向とそれに直行する方向の誤差を検出するために、TM01とTE01または二つのTE21モードが使用されます。円偏波の場合には、TM01のみで振幅と位相を検出することにより、2次元の指向方向誤差を検出することができます。高次モード方式は低雑音かつ高能率の設計が可能であり、高精度アンテナ追尾方式として使用されています。
(3)送受信装置
(a) 電力増幅器
大電力増幅器(HPA:High Power Amplifier)には、通常クライストロン管または進行波管(TWT:Traveling
Wave Tube)が使用されています。クライストロンは消費電力が小さく、重量も軽く、運用保守性に優れており安価ですが、通過周波数帯域がTWTに比べると狭い。送信電力が比較的小さい地球局では、使用する周波数帯によっては固体増幅器も使われています。
図43にTWT増幅器の概略図を示します。TWTは電子銃、低速波回路、コレクタから構成されています。入力導波管から入力された電磁波は、らせん低速波回路に導かれます。電子銃から放出された電子ビームは、軸方向に加えられた強い収束磁界によって回路波の位相速度と同期して進行します。らせん回路によって発生した高周波電界と電子とが強く相互作用し、電子ビームに密度変調を引き起こします。電子ビームのエネルギーは回路波に引き渡されます。回路波のエネルギー、電子ビームの密度変調は軸方向に指数関数的に増大します。最後に出力導波管で増幅された回路波が取り出されます。
図43 進行波管増幅器の原理
HPAに要求される性能の条件としては次のものが重要です。すなわち、振幅・周波数特性、相互変調特性、遅延歪み、AM-PM(Amplitude Modulation-Phase
Modulation)変換特性、帯域外放射特性、残留AM特性です。
@ 振幅・周波数特性
通常、増幅器の利得は周波数によって変化しますが、この周波数特性を振幅・周波数特性といい、ある一定の範囲内であることが求められます。また、利得の周波数に対する微係数を利得傾斜と呼び、ある値以下である必要があります。利得傾斜とAM-PM変換特性を持つ増幅器に、周波数の異なる複数の信号が入力された場合には、信号波の位相にひずみが発生し、AM変調やFM変調を使った音声通信では了解性の雑音が発生します。ディジタル変調の場合には、ビット誤り率が増加します。
A 相互変調特性
増幅器の非線形特性によって、複数の信号を入力した場合に相互変調積が発生し、各信号に干渉を与えます。さらに、非線形領域で動作している進行波管の電気的長さが入力信号電力によって異なるため、入力信号に振幅変動(AM)があると、出力信号では位相変動(PM)が生じることがあります。この現象をAM-PM変換と呼び、これも相互変調積の発生原因となります。これらの対策としては、増幅器の動作点を下げて線形領域で使用したり、HPAの入力端にHPAの非線形性やAM-PM変換特性とは逆特性を持つリニアライザを接続して補償するなどの方法がとられています。
B 遅延歪み
周波数に依存した群遅延の変化は、信号の伝送品質に影響を与えます。群遅延は位相量の周波数による微係数に等しいため、群遅延の周波数依存性は周波数に対する位相量の比例関係からのずれを意味し、この位相ひずみが信号の伝送品質に影響を与えます。通常、対策としてIF段またはRF段に等化器を挿入して周波数ひずみを補正します。
C 帯域外放射特性
HPAの非線形増幅特性によって相互変調積や高調波が発生して、使用する帯域外に予想外の電力を送信してしまう場合があります。帯域外輻射については送信波電力の-50dB以下との規定があります。通常はHPAの出力側に帯域通過フィルタを挿入して不要波を除去しています。
D 残留AM特性
地球局の送信波に不要なAM成分を持つと、衛星に搭載されている中継器のAM-PM変換特性によって相互変調積が発生します。この残留AMは電源電圧の変動などにより発生することがあるため、注意して設計を行う必要があります。
(b) 低雑音受信装置
衛星通信用地球局の受信系の性能を表すG/Tを向上させるためには、アンテナ利得を増加させるか、受信系の雑音温度を減少させることです。この雑音温度を左右する要因は、アンテナ系に接続される初段の受信信号増幅器の特性です。初段受信機の入力端で換算した雑音温度TRXは次の式で与えられます。
TRX = TLNA + (L1−1)T0/GLNA
+ L1TD/C
+ L1(L2−1)T0/(GLNAGD/C
+ L1L2T0/(GLNAGD/C)
+ ------ (41)
ここで、
TLNA:低雑音増幅器の雑音温度
GLNA:低雑音増幅器の利得
TD/C:受信用周波数変換装置の雑音温度
GD/C:受信用周波数変換装置の利得
L1:低雑音増幅器の出力側の接続点における損失
L2:周波数変換装置の出力側の接続点における損失
テルスターやリレー衛星などによる衛星通信の黎明期においては、低雑音増幅器としてメーザを使ったものが主流でした。ついで、広帯域化が困難であったメーザに変わって、液体窒素などによる極低温冷却パラメトリック増幅器が開発されました。その後、冷却方式もさまざまなタイプのものが開発されました。保守性の簡易な常温または電子冷却を用いたパラメトリック増幅器も普及しました。最近では、電界効果トランジスタ(FET)にほとんどとって変わられました。
GaAsショットキーバリアFETを用いた増幅器は、従来のバイポーラトランジスタと比較して、優れた低雑音特性、広帯域性および高利特性が得られます。低雑音の理由は、FETの雑音源が主に熱雑音によるものであり、バイポーラトランジスタのショット雑音と比較して高周波数領域での雑音増加率が少ないことがあげられます。さらに、HEMT(High
Electron Mobility Transistor)の出現によって、さらに受信機の雑音温度を低下させることが可能になりました。
(c) 周波数変換装置
送信用周波数変換装置(U/C:Up Converter)は、IF信号からRF信号へ周波数変換を行います。受信用周波数変換装置(D/C:Down
Converter)は、RF信号をIF信号へ周波数変換します。この周波数変換は、周波数f1の通信信号に局部発振器から出力される周波数f2のCW(Continuous
Wave)を混合器で掛け合わせて、f1+f2あるいはf1−f2の周波数信号を作り出し、帯域通過フィルタで必要な周波数の成分だけを取り出すことにより実現しています。周波数変換装置内で混合器を一度だけ使用して周波数変換するものをシングルコンバージョン方式、2段階に分けて所要の周波数の信号を作り出す方式をダブルコンバージョン方式と呼びます。
図44にダブルコンバージョン方式の受信用周波数変換器の一例を示します。ここで左側からRF帯の5GHzの信号が入力され、第1局部発信器の信号が掛け合わされて、帯域制限フィルタで1.7GHz帯の必要な周波数成分だけが取り出されます。さらに、第2局部発信器の信号が掛け合わされて、70MHz帯のIF信号を得ます。この局部発信器の周波数を変更することによって、異なるRF帯の周波数の信号を同じIF周波数の信号として得ることができます。
図44 ダブルコンバージョン方式のダウンコンバータ
周波数変換装置には、希望する周波数を作り出す機能のほか二つの必要条件があります。すなわち、周波数変換をする局部発信器の長期的周波数安定度と位相雑音の良好な特性が必要です。混合器の後で、帯域通過フィルタで必要な周波数成分だけを取り出す際に、不要な周波数成分が出力されないように注意するとともに、線形動作をするように入出力レベルを設計する必要があります。非線形動作は相互変調積や信号ひずみを発生させる原因になります。
(d) フィルタリングと等化
IF帯では、信号の増幅、フィルタリング、群遅延の等化が行われます。受信系では、復調器に入力される信号電力が常に一定になるように自動利得調整機能を持っています。また、送信系では増幅器の入力電力が適正な値になるように利得が調整されます。IF帯でのフィルタリングは、変調波のスペクトルを整形し、受信系では雑音帯域幅を制限する働きをします。また、電力増幅器や衛星の中継器で発生する群遅延の変動も等化器によって補正されます。
(e) 変復調装置
送信IF系で変調器、受信IF系には復調器が接続されています。各変復調器は、FDMAやTDMA、CDMA、ランダムアクセスなどの多元接続方式により通信を行います。
実際の地球局はこのほかに、監視制御装置や回線接続装置、地上系のネットワークとの接続装置、電源装置などで構成されていますが、ここでは省略します。また、船舶、航空機、陸上移動体などの移動体地球局についても省略します。
[出展]
飯田他19:衛星通信、オーム社(1999-8)
以上、地球局技術についてまとめました。衛星通信の基礎的事項については一通り記述しましたので、本テーマはここで終了とし、次回は別のテーマについてまとめる予定です。
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