量子情報通信

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 現在の電気通信技術の物理的限界を超える革命的な技術として、量子力学に基づく情報処理・伝送を行う「量子情報通信技術」が世界的に注目されています。本稿では量子情報通信の基礎的理解を得ることを目的として、量子情報通信に関する技術研究の調査を行います。

(筆者:渚 博)

[QIC001:量子情報通信の展望]  (2003/04/13)

 量子情報通信については、総務省主催の調査研究会が平成12年6月に「量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会 報告書」をまとめています。内容は量子情報通信の概要、国内外の研究開発動向、量子情報通信の将来予測、取り組むべき研究課題、研究開発の推進方策など多岐に渡っており、量子情報通信を展望する上で有用な資料です。以下にその要点を抜粋して提示します。末尾に用語解説があります。

1.量子情報通信の概要

(1)量子情報通信とは

 現在の情報通信技術(古典情報通信技術)が電気や光などの「」の性質を利用して情報を伝達する技術であるのに対して、電子や光などの「粒子」の性質を利用して情報を処理・伝送しようという技術です。量子情報通信の原理は主に、量子力学における「量子重ね合わせ」「観測による射影」「量子もつれ合い」という三つの基本的性質を用いることにより、実現されます。

この量子情報通信技術により、古典情報通信技術の世界では実現不可能な様々な機能 −例えば、絶対に解読不可能な暗号通信(量子暗号)、Shannonの定理の限界を打破する超高速通信(量子通信)、現在のスーパーコンピュータの能力を凌駕する超並列・高速情報処理(量子コンピュータ)−が実現される可能性があることが理論的に証明されています。

 (a) 量子重ね合わせ

 古典情報通信における情報(古典情報)の基本単位である「ビット」が0か1のどちらか一方の値を必ずとるのに対し、量子情報通信における情報(量子情報)の基本単位である「キュービット」が同時に0と1の両方の値をとることができるという性質です。すなわち、n個のキュービット2n通りの状態を同時に表現することができます。(量子コンピュータ)。

 (b) 観測による射影

 量子重ね合わせの状態にあるキュービットを1回でも観測すると、同時に0と1の両方の値をとっていた状態が、0か1のどちらかに決定してしまうという性質です。(量子暗号)。

 (c) 量子もつれ合い(量子相関)

 2つ以上のキュービットがある場合に互いに相関を持つことができる性質です。相関のあるキュービットの集合体を送信者と受信者が共有することにより、瞬時に大量の情報を遠隔地に伝達できるという理論が確立しています。(「量子通信」のうち「量子テレポーテーション」)。

2.国内外の研究開発動向

(1)量子暗号

 C.H.Bennett, G.Brassardによる原理提案から現在に至るまでの量子暗号研究の進展は大まかに次のような三つの段階に区分けすることができます。

 1.[萌芽期](1960年代後半〜1993年)
  C.H.Bennettら提案者を中心とする少数の研究者による萌芽的理論研究の時期
 2.[発展期](1994年〜1998年)
  研究者数の増加とそれに伴う理論研究の発展及び「量子情報通信」という一般的な枠組みの中での理論的再構成、並びに原理的な実証実験の時期
 3.[工学的試行期](1999年以降)
  工学的視点による理論検討の本格化プロトタイプ・システムの構築の時期

 (a) 萌芽期(1994年〜1998年)

 1960年代後半、S.Wiesnerが共役コ−ディングの概念を提唱、1984年にIBMのC.H.Bennettとモントリオール大学のG.Brassard が今日BB84プロトコルと呼ばれる最初の量子暗号鍵配布のアイデアを発表しました。BB84プロトコルでは単一光子をキャリアとし、直交する2つの偏光状態にビット値を対応させます。

 その際、正規の送受信者は互いに共役な2つの偏光基底(直線偏光と円偏光など)をランダムに採用することによって、基底選択情報にアクセスできない第三者が証拠を残さずに情報を読み出すことを不可能にする通信手順(プロトコル)を構成することができます。また、量子暗号の基本的な手法を忘却伝送ビットコミットメントなどのより進んだセキュリティ情報処理プロトコルに拡張する試みが続けられました。

 BB84以外の量子暗号鍵配布プロトコルとしては、1992年のC.H.Bennettによる非直交二状態量子暗号の提案があります。この方法は実験システムの構築を行う上で多くの技術的な利点を有しています。

 その他、C.H. Bennettのグル−プによって量子暗号の隣接分野である量子テレポ−テ−ション量子高密度符号化などの量子もつれ合いを利用した新しい通信の概念が提唱されました。また、英国のA.K.Ekertを中心とする理論グル−プがこの分野に本格的に参入しました。

 (b) 発展期(1994年〜1998年)

 1994年ベル研究所のP.W.Shorが素因数分解量子計算アルゴリズムを発見。以後、公開鍵暗号方式への信頼が揺らぐとともに量子暗号への期待が次第に高まっていきました。この期間の理論研究の主題は、以下の項目が挙げられます。

 ・量子暗号鍵配布プロトコルの改良と一般化、新方式の提案
 ・量子暗号の安全性に対する一般的な議論の展開
 ・量子暗号の本質に対する量子力学の原理的な立場からの考察

 1997年にH.K.LoやD.Mayersにより量子ビットコミットメントが原理的に不可能であることが証明されました。最も有望と考えられていた方法に致命的な欠陥が見つかったことによって、これ以降は、量子暗号鍵配布以外の応用についての研究は一気に沈静化しました。

 (c) 工学的試行期(1999年以降)

 1990年代後期になって光ファイバを使った量子暗号鍵配布実験の完成度が高くなるとともに、量子暗号の実用化を念頭においた工学的な立場からの研究が欧米を中心に盛んになってきました。

 具体的には、必ずしも理想的とはいえない送信装置受信装置及び伝送路を想定した場合、鍵配布の安全性に対する制約、それを回避するためのシステム的工夫を検討することに重点が置かれています。特に量子暗号鍵配布に誤り訂正符号を導入した場合の安全性の解析などの情報数理工学的な研究が増え始めています。

(2)量子通信

 「量子通信」という言葉は、現在、研究者によっていろいろ違った意味で使われることが多いが、広い意味では、「量子状態による古典情報の伝送」、「量子状態の遠隔地における再生(量子テレポーテーション)」の二つに大別されます。従来の光通信技術から量子通信技術へ至る大まかな流れを図1に示します。



  図1 従来の光通信技術から量子通信技術への流れ


 (a) 量子信号検出

 [理論]
 1970年代にロシアのステクロフ数学研究所のHolevo、アメリカのHelstrom、マサチューセッツ工科大学のYuen、玉川大学の広田などの研究者によって、確率作用素測度に基づく量子信号検出理論の数学的基礎が構築されました。具体的なデバイス構成理論は、1980年代後半から1990年代にかけて、イスラエル工科大学のPeres、玉川大学の広田、郵政省通信総合研究所の佐々木、カリフォルニア工科大学のFuchsらによって研究されています。

 [実験]
 理論的に予言された検出限界を実証する研究は、平均誤り確率量子限界の実証に関して1996〜1997年、ストラスクライド大学(単一光子の偏波)、ジュネーブ大学の研究グループ(2値コヒーレント光信号)によってなされています。

 (b) 量子テレポーテーション

 量子もつれ合い状態にある光子を送信者と受信者で共有し、従来の古典的通信路と合わせて使うことで、送信者が所有している未知の波動関数の状態を遠隔地にいる受信者が再生できる、いわゆる量子テレポーテーションが可能となります。このように量子もつれ合いを積極的に使った情報伝送効率の改善こそが、従来の光通信技術と量子通信技術の違いです。

 [理論]
 最初の原理は1993年にIBMワトソン研究所のBennettらによって提案されました。その後、スクイーズド光の量子もつれ合いを使う方式や原子の角運動量状態の量子テレポーテーション理論などがカリフォルニア工科大学の研究者らによって提案されています。

 [実験]
 量子もつれ合い光子対を使った、光キュービット状態の量子テレポーテーションの実証実験が1997年にインスブルック大学のZeilingerのグループやローマ大学のDe Martiniの研究グループによって独立に行われました。その後、1998年にスクイーズド光の量子もつれ合いを用いた広帯域の量子テレポーテーションの実証実験がニコンの古沢、カリフォルニア工科大学のKimbleらの共同研究チームによってなされました。有限質量の原子の角運動量状態の量子テレポーテーションもカリフォルニア工科大学などで進行中です。

 (c) 量子通信路符号化

 量子計算の原理の核心でもある量子もつれ合いを情報通信のための符号化技術へ応用したのが量子通信路符号化技術です。つまり、符号化―復号化処理に量子計算の原理を応用することで、従来の情報理論の限界を超える通信路容量を実現できます。特に、将来のコヒーレント光を使った衛星間光リンク深宇宙通信、また符号分割多重による高速・大容量のフォトニックネットワーク等では、微弱光信号による長距離伝送が要求され、量子雑音の限界にさらされる極限通信路が問題となり、量子通信路符号化は必須の技術になると予想されます。

 [理論]
 3元対称信号において量子効果を使った符号化利得につながる研究が1991年にイスラエル工科大学のPeres、ウイリアムズ大学のWoottersによって明らかにされ、その後、Shannonの通信路符号化定理に代わる量子通信路符号化定理が1996〜1997年にかけて確立されました。ウイリアムズ大学のHausladenらとステクロフ数学研究所のHolevoの寄与によるものです。具体的な符号構成の構築に向けた研究が、郵政省通信総合研究所の佐々木、名古屋工業大学の臼田、カリフォルニア工科大学のFuchsによって進められています。

 一方、量子もつれ合いを共有した二者の間で1キュービットで2ビットの古典情報を伝送できる量子高密度符号化方式がIBMのBennettらによって提案されています。また、この点も踏まえた符号化方式が日立基礎研究所の番によって提案されています。

 [実験]
 量子通信路符号化の本格的な実証実験には、光量子状態を制御する量子ゲートが必要であり、実証実験はまだ行われていないが、通信総合研究所やカリフォルニア工科大学で実証に向けた研究が進められています。量子高密度符号化方式については、インスブルック大学で実証が行われたが、量子通信路符号化に基づく高信頼・大容量伝送のシステム実験は相当先のことになるでしょう。

(3)量子コンピュータ

 量子情報通信に対して、量子コンピュータが与える影響は時系列的に大きく三つに分けることができます。第一は、光を用いた量子計算の実現に必要とされる素子が、量子情報通信でも最も重要な課題である量子位相ゲート素子である点です。第二は、量子コンピュータが実現すると高速な計算が可能となり、既存の公開鍵暗号を使用することができなくなるため、その代替技術として量子暗号が急速に普及すると予測されることです。

 第三は、将来的に量子計算が実現した場合、量子コンピュータ間を量子状態を保ちつつ結合させるためには、量子情報通信技術が不可欠となる点です。上記第一の光子に対する量子位相ゲートについては、アメリカ、ヨーロッパとも精力的に研究が行われており、原理検証に近い実験が近い将来行われる可能性は高いです。

 なお、第二の量子計算がいつどのような方法で実現されるかについては、非常に予測が困難です。現在用いられている暗号を解読することが可能な量子コンピュータ約1000キュービット必要)が10年以内に実現する可能性はほとんどないが、実際に研究が開始されて5年間で、既に4キュービットの制御に手が届いている点は軽視できません。

 また、同時に、素因数分解データベース検索等、量子コンピュータ用の種々のアルゴリズムに関する研究が進められています。特に、2000年5月、ベル研究所のL.K.Groverが、新しい量子検索アルゴリズムを発見したことは注目に値します。

 (a) 量子計算のテストベッド

 [NMR量子コンピュータ]
 1996年、スタンフォード大学のI.L.Chuangらとマサチューセッツ工科大学のD.G.Coryらが、分子中の原子の核スピンをキュービットとして用いる核磁気共鳴(NMR)量子計算を提案。1997年には、スタンフォード大学において、通常のNMR装置を用いて、2キュービットに対するアルゴリズムの検証実験も行われました。現状技術のままでは10キュービット程度と見られるその限界は、IBMの研究グループによるレーザ光を用いた制御などによりスピン熱平衡状態から変えることで打ち破られる可能性があります。

 [結晶格子量子コンピュータ]
 1999年、スタンフォード大学からCePの結晶中のPの核スピンキュービットとして用いる量子コンピュータが提案されています。それぞれの格子点の核スピンは、結晶に磁場勾配をかけ、そのそれぞれの位置における磁場強度の違いによって区別しようというアイデアです。

 [イオントラップを用いた量子コンピュータ]
 1995年、W.H.Zurekらにより直線上にトラップしたイオンをキュービットとし、それらにレーザ光を照射する量子コンピュータが提案されました。その後、単一イオンを用いた制御NOTゲートの実験が行われ、2000年春には、4つのイオンにまたがる量子もつれ合い状態の実現が報告されました。この提案は、現在の計算機を凌駕する量子コンピュータの有力候補の一つです。現在、NIST(米国標準技術局)、ロスアラモス国立研究所などで複数のキュービットを用いた量子コンピュータの実現を目指しています。

 [線形光学素子量子コンピュータ]
 1996年、三菱電機(現在北海道大学)の竹内らにより、キュービットの数をNとした場合に、2N個の光路を用意する量子計算アルゴリズムの実現方法が提案され、1998年、同グループは、3キュービットのアルゴリズムの検証実験に成功しています。

 (b) 量子計算用デバイス

 [光子に対する量子位相ゲート(マイクロキャビティによる光子-光子スイッチ)]
 1995年、カリフォルニア大学のH.J.Kimbleらは、マイクロキャビティ中に閉じ込めた原子を用いて、マイクロキャビティに先に入射した光子と次に入射する光子の偏光状態の組合せで、それらの位相を変化(14度)させることが可能であることを実証しました。この素子を制御NOTとして用いるためには、位相変化量を180度にする必要があります。

 [量子ドット量子コンピュータ]
 1995年、オックスフォード大学のA.Barencoらは、量子ロジックゲートを実現するものとして、量子ドット中の電子準位をキュービットとして用いることを提案。その他、1998年に高知大学の松枝による量子ドット中のエキシトン(励起子)のコヒーレントな励起をキュービットとして用いるアイデアや、結合量子ドットをキュービットとして用いる提案などがなされています。実験的には、1998年に理化学研究所の石橋らにより、結合量子ドットでの対称―非対称準位間の反転による「制御NOT実験」への取り組みがなされています。他に、量子ドット中の電子スピンを用いるアイデアも提唱されています。

 [半導体不純物量子コンピュータ]
 1998年にオーストラリアのニューサウスウェルズ大学のB.E.Kaneによって提案されたシリコン量子コンピュータは、核スピン一つ一つの制御と、読み書きを可能とするものです。キュービットは、シリコン中に埋め込まれたリンイオンの核スピンです。核スピンがゼロのシリコン同位体のみからなる特殊な基板に埋め込むことで、長い緩和時間(106秒)が達成可能と予測しています。核スピン一つ一つに対する位相シフトは、上部の電極(A−ゲート)に電圧をかけながら、核スピンに共鳴した電磁場を入射することにより行います。また、スピン状態の読み出しは、核スピンの状態によるA−ゲート電極の電子数変化を、クーロンブロッケイドで検出することで行います。現在、オーストラリアにおいて実現に向けた研究プロジェクトが始まっています。

 [超伝導素子を用いた量子コンピュータ]
 超伝導素子を用いた量子コンピュータとして、微小な超伝導体内部の電荷(クーパー対)の量をキュービットとして用いるアイデアが提案されています。これについては、NECの中村らによって、重ね合わせ状態とその1ビットユニタリ変換の可能性が実証されました。現在、同じくNECの中村らによって、2キュービット間でのゲート操作に向けた研究が進められています。その他、超伝導トンネル接合(SQUID)によって制御された磁束量子をキュービットとして用いる方法があります。

(4)デバイス開発

 (a) 基本要素技術とデバイスの概要

 量子情報通信を実現するために必要なデバイスは、どのような種類の量子情報通信が行われるかで異なってきます。近距離での量子暗号鍵配布という初期段階では、「単一光子光源と単一光子検出器」が必要です。一方、遠距離での量子暗号鍵配布認証をはじめとするより高度なプロトコルを実現するためには、「相関光子対の生成」、「2光子量子ゲート」、「光子/電子量子ゲート」、「固体キュービット」などのより高度なデバイス技術が要求されます。現在、このような各種デバイスの研究開発が並行して世界各地で行われています。

 [量子情報処理のデバイス]
 量子情報処理では一般に複数の量子2準位系(キュービット)で構成される量子レジスタに次々とユニタリ変換を作用させること(量子回路)により処理を実行します。量子コンピュータ等を実現する量子回路は単に2キュービットの制御NOT1キュービットの任意のユニタリ変換でユニバーサルになることが証明されています。したがって、基本的にすべての量子計算、量子通信のアルゴリズムはこの2種類のゲート機能を持つデバイスがあれば実現できることになります。

 もちろん、量子レジスタに演算・通信処理の元となる初期データを書き込むことが出来なければなりません。これは例えば全てのキュービットを|0>にリセットできるような物理的過程が存在すれば可能です。量子情報処理では、処理の途中あるいは最後にキュービットの観測を行います。このためには、単一キュービットの量子状態を確実に観測できる検出器が必要となります。

 [キュービットの物理系]
 キュービットには光子と物質粒子(電子や原子核など)の二つの可能性があります。光子はコヒーレンスを保ちやすく光速で伝送できるが、単一光子状態を発生したり測定したりするのが難しいだけでなく光子間相互作用が弱く2キュービット演算が難しい。物質粒子は、これとほぼ正反対の性質を持っています。

 したがって、必然的にデバイス開発における課題も、光子に関しては、「単一光子光源」、「単一光子検出器」、「相関光子対の生成」及び「2光子量子ゲート」に、また物質粒子に関しては、コヒーレンスの優れた「固体キュービット」になります。長距離伝送でのコヒーレンスの維持を考慮すると通信媒体キュービットは光子で行うしかありません。

 ノード(送信側、受信側、中継点)でのキュービット処理は光子キュービットをそのまま処理する方式と、一旦物質粒子キュービットに状態を転送して処理する方式があります。光子は質量がゼロで逃げていきやすく、また物質と相互作用して散乱・吸収されやすい(現状では100s程度が限界)のでメモリとして蓄積しにくいという短所を有しているため、いずれは後者の方式が主となると予想されます。この点から、両者のインターフェースとして「光子/電子量子ゲート」が開発テーマとなります。

 キュービットを担う物理系としては、光子の場合は2つの独立な偏光(2つの直交する直線偏光か、右回りと左回りの円偏光)や電場の位相電子の場合はスピンや量子閉じ込めによる軌道2準位などを用います。何をキュービットとするかによって量子暗号鍵配布方式や2キュービット演算方式も異なってきます。これらの選択はコヒーレンスの良し悪し、量子操作のしやすさ等で決められます。

 [量子もつれ合いの操作]
 量子情報通信では、量子もつれ合いの性質を利用します。初期状態として単純な直積状態があったとき、一般にはいわゆる2キュービット量子ゲートを用いてもつれ合い状態を作ります。また逆にもつれ合い状態を観測(合同ベル測定など)する場合も量子ゲートを組み合わせることにより単純な1粒子物理量の観測結果の組合せで代用します。

 具体的には制御NOTゲート1キュービットユニタリゲートをそれぞれ1つ用いればよいのです。しかし、テレポーテーション等簡単な量子プロトコルではこのような量子ゲートを用いず、原子や非線形媒質の物理過程(パラメトリック下方変換等)を用いて直接もつれ合い状態を発生したり、検出したりすることもできます。

 [量子誤り訂正ともつれ合い精製] 
 量子情報においては、デコヒーレンス演算操作の誤差のための誤り訂正の考えは重要になってきます。また演算中における誤りも無視できません。量子誤り訂正の基本的考え方は、特定の誤りモデルを仮定した上で、論理|0>と論理|1>をより大きなヒルベルト空間内のベクトルに割り当てるというものです。

 誤り訂正操作はまず1個のキュービットを多キュービットで符号化します。訂正時にはその全てのキュービットにユニタリ演算、特定のキュービットに観測を行い、その結果に依存してユニタリ変換を行います。
    
 量子情報では2つのキュービットが最大限にもつれ合った状態(EPR対)を用いることが多いのです。この対は、二人に配布される間に環境と相互作用することで、ある程度のデコヒーレンスが生じることは避けられません。これを訂正するのに上記の誤り訂正法は適用できません。

 EPR対がたくさんあれば、局所量子操作古典通信のみで純粋なebit(純粋な4つのEPR状態は一つでebitと呼ばれる。)を漸近的に得る方法が幾つか発見されました。このプロトコルはもつれ合い精製と呼ばれています。誤り訂正と異なり、もつれ合い精製では多くのEPR対を保存し、しかる後に演算―観測―古典通信を行う必要があります。したがって本格的なキュービットのメモリデバイスが必要になってきます。

 [量子中継技術]
 遠距離の量子通信を実現するためには、古典通信と同じように中継技術が不可欠です。特に量子通信では単一の光子通信媒体となるため非常に微弱な光を用いることになります。ところが古典中継器のように光検出−増幅−光再送信という手順ではうまくいきません。これは単一の量子状態複製したり観測で推定したりすることは不可能であるという基本物理法則に由来しています。

 したがって、中継にも何らかの量子操作を用いる必要があります。この方法としてテレポーテーションあるいは量子もつれ合いスワッピングを多段階に接続することにより実現する方法が提案されています。この方法によれば比較的近距離のノード間でEPR対をたくさん共有しておき、もつれ合い精製により完全なebitを用意しておけばいくらでも遠距離の量子通信が可能となります。

 [量子乱数生成]
 量子力学的効果を情報通信へ適用する場合、量子暗号などの本質的な利用分野以外に補助的な利用分野があります。これは暗号通信のための乱数生成、暗号解読のための量子計算機の利用などです。乱数生成に関しては既にビームスプリッタを用いた実験が行われ、乱数の質の検定に対しても良好な結果が得られています。こうして作られた乱数は現代暗号と量子暗号鍵配布の両方に利用することができます。

 (b) 各デバイスの研究開発動向

 [単一光子光源と単一光子検出器]
 パルス光源(LED/LD)の強度をどんどん微弱にすることにより、平均して1パルス当たり1光子という状況をつくることは可能です。しかし、この方法では光子の個数にゆらぎが生じます。つまり、個数揺らぎはNの平方根であるから、0光子や2光子のパルス1光子のパルスと同じくらい作られます。量子暗号鍵配布では、もし2光子のパルスが混ざっているとそのうち1個だけ取り出すことで気づかれずに情報を引き出すことができます。

 そこで実際の量子暗号鍵配布の実験では平均光子数が0.1個程度の極めて微弱なパルスが用いられています。この場合、2光子パルスが作られる頻度は100分の1に抑えられます。真の単一光子光源としては、パラメトリック下方変換による相関光子対の生成を利用する方法があり、既に使用されています。

 また単一電子効果を用いる方法、キャビティ中の単一の原子を用いる方法、有機分子の蛍光を用いる方法も検討されており、課題としてはショットノイズの軽減等が挙げられます。
    
 一方、検出器に関しては、古くAspectらのBell不等式の検証/遅延選択実験と同じく、光電増倍管が現在でも多くの実験で使用されています。また、800nm用のSi-APDは、バンドギャップが広く結晶性に優れるため、室温での低い暗電流高い量子効率を有しています。またイオン化率比が小さいため、増倍過程における過剰雑音も小さい。しかし光ファイバ通信用(1.3 / 1.55μm)としてのGeやIII-V族半導体のAPDでは、暗電流、量子効率とも改善の必要があります。

 [相関光子対の生成]
 パラメトリック下方変換により、相関光子対を生成することができます。これによりEPR対に関連するかなり多くの実験やプロトコルが実現できます。ただし、生成過程はランダムであるため、今のところ定常的な光子源としては使えません。

 [2光子量子ゲート]
 1995年にカリフォルニア工科大学のTurchetteらは、損失の小さなキャビティCs原子を利用して光子位相ゲートを実現しています。しかし、この方法は真空中の原子線とキャビティを用いており、あくまでも検証実験として捉えられます。固体素子化を目指す方法として、フォトニック結晶微結晶誘電体共振器whispering gallery modeなどを用いることが有力です。これを利用すれば固体素子光ゲート電子ゲートを実現することも夢ではありません。また、electromagnetically induced transparencyという現象を利用し、波束を圧縮することで、単一光子レベルで働く強い非線形性を実現することも考えられます。

 [光子/電子量子ゲート]
 光子キュービットによって担われている量子状態を物質粒子のキュービット転送する技術は、量子情報通信を高度化する上で不可欠となる技術です。この方面に対する研究も活発に行われています。

 [固体キュービット]
 固体キュービットとしては半導体を用いるものと超伝導体を用いるものがあります。量子通信への応用という面から見ると、半導体キュービットのほうが光子キュービットとの相互変換がより容易と考えられますが、超伝導キュービットはデバイス作成プロセスが比較的容易で、拡張性に期待が持てます。

 @ 半導体量子ドット系
 半導体量子ドット系のキュービットは、電子軌道準位を用いるものと電子スピンを用いるものに分かれます。

  ア.電子軌道準位系
  最初の提案は1995年にオックスフォード大学のBarencoらによる量子ドット中の電子軌道準位をキュービットとして用いるものです。1キュービットユニタリ変換はその準位差に共鳴した光によって行い、隣接している量子ドット間での制御NOTは、量子ドット間に電場をかけることで発生するドット間の双極子相互作用を利用して行います。

 この方式に関しては、結合ドットにするなど多くの改善提案もなされています。実験的には、結合量子ドットでの結合―反結合準位間コヒーレントな遷移が観測されています。一般に電子軌道準位の方式は、演算操作にレーザーパルスを用いることができ、比較的容易である反面、デコヒーレンスが大きいという欠点があります。

  イ.電子スピン系
  一方、電子スピンを用いる半導体量子ドット系キュービットの最初の提案が、1998年に米国カリフォルニア大学のLossらによってなされました。2スピンキュービット演算は隣接するドット間のトンネルにより発生する交換相互作用により行われます。理論・実験結果の双方から電子スピンは軌道準位に比べはるかにデコヒーレンスが小さいとの感触が得られています。

 電子スピン緩和時間の実験値としては、n型GaAsバルクや量子井戸で室温で1ns、5Kで100ns程度、量子ディスクやドットでは数nsSiやGeでは1Kで数msが観測されています。理論的にもバンド構造に由来するスピン緩和機構は量子ドットでは抑圧されると予想されています。

 いずれにせよ1ms以上のデコヒーレンス時間は十分期待できるでしょう。電子スピンキュービットはデコヒーレンスが小さいという期待の反面、ドット間のトンネル確率の変調が技術的に難しいという問題があり、決め手となる演算方式が待たれています。強磁場のスイッチング回転磁場は技術的に困難なだけでなく、集積化と相容れない方式です。またナノスケールの電極トンネル障壁に接して形成することも極めて困難な製造技術となります。

  ウ.スピン−軌道ハイブリッド系
  最近、結合量子ドット中の電子スピンを用いたキュービットの提案が行われています。この方式では演算動作はすべて外部からレーザーパルスを照射することで行えるため制御が非常に容易です。またキュービットの観測はスピン自由度軌道自由度もつれ合い状態ユニタリ変換で作り、最後に単一電子効果を利用したエレクトロメーター分極の観測を行います。高速動作のためにはRF−SETが適しています。なお、光キュービットからスピンキュービットへ量子状態を転送することも原理的に可能です。課題としては、結晶欠陥の少ない良質の量子ドットを形成する成長・加工技術が挙げられます。

 A バルク半導体系
 オーストラリアのニューサウスウェルズ大学のB.E.Kaneは同位体精製された核スピンを持たないバルクシリコン中に浅いドナーであるリンを位置制御のもとに埋め込み、その核スピン(1/2)をキュービットとして用いる提案を行いました。量子演算は核磁気共鳴法により行われます。

 個々のキュービットあるいは2キュービット演算のため特定の2つのキュービットを選択的に共鳴させるために、低温で核の周りに束縛された余分の電子スピンのフェルミの接触相互作用の大きさを基盤表面に設けられた電極で電子分布を変化させることにより、共鳴周波数を制御しています。同位体Si中の核スピンは非常に長い緩和時間を持っているため、デコヒーレンスを低く抑えるためには有望なスキームと言えます。ただ、現在の技術では本提案のデバイスは作製が難しく、デバイス作製技術に対するブレークスルーが課題となります。

 B 超伝導系
 超伝導キュービットとしてはクーパー対の個数状態の重ね合わせをキュービットとする方式と、超伝導量子干渉素子の磁束状態の巨視的重ね合わせをキュービットとする方式が提案されています。NECの中村らは前者の方式に対し、単一クーパー対箱(単一電子箱の超伝導版)を用いて実際に重ね合わせ状態の観測とコントロールを実証しました。

 超伝導体は巨視的なスケールコヒーレンスが現れる数少ない系の一つです。これには、現在の加工技術の枠内で比較的大きな最小寸法の素子で固体キュービットを作ることができ、また集積化も容易なのではないかという期待感があります。しかし、コヒーレンス時間がスピン系のキュービット候補と比べて短かく、コヒーレンス時間の長時間化、あるいはキュービット制御の高速化が将来の課題となります。

3.量子情報通信の将来予測

(1)量子情報通信の実現イメージ

 将来、量子暗号、量子通信及び量子コンピュータを始めとした量子情報通信技術が確立した場合には、十分に信頼できるセキュリティを確保しながら、あらゆる情報を伝送することができる理想的な情報通信基盤が実現すると予想されます。これが実現すれば、今世紀初頭の無線電信やラジオ放送の実用化に伴う社会変化に匹敵するインパクトを与える可能性が極めて大きいのです。

 量子情報通信分野の研究開発は、これまでに理論研究において様々な成果が報告されてきましたが、システムとしての実現に向けた研究開発は始まったばかりです。量子情報通信システムの実現までには不確定要素があまりにも多く、正確に将来像を描くことは困難ですが、実現するために必要となる理論・デバイス等の全ての課題が解決された場合、どのような分野でどのように利用されることになるのか、そのイメージを以下にまとめることとします。

 (a) 量子暗号

 量子暗号は、現在の情報通信技術の延長線上の技術では解決不可能とされる情報流通における安全性、信頼性の問題をすべて解決する可能性があります。しかしながら、システムを実現するための光ファイバ、機器等も実用化当初はかなり高価なものとなることが予想されます。このため、当初は、最も実用化が近いと予想される量子暗号鍵配布システムが、極めて高い秘匿性が要求される特殊な分野から導入され、いずれは一般家庭で電子商取引等を行う際にも量子セキュリティシステムが利用されるまでに普及していくと考えられます。

 (初 期)
 外交や軍事など絶対的な秘匿性の確保が必要とされる部門での導入が実現

 (中 期)
 膨大な個人情報を蓄積している官公庁、金融機関、病院等の相互通信ネットワークへの量子セキュリティシステムの導入が実現し、拠点間では情報(画像、音声、動画等)が決して解読されずに伝送される。また、公共機関等のホームページに対するハッキングが非常に困難になる。

 (最終期)
 インターネットを活用した電子商取引における個人認証、電子署名システムにも導入され、自宅のパソコンからインターネットで買い物をしてカードで決済しても、通信の途中でパスワードやクレジットカード情報が盗まれる心配が全くなくなる。

 (b) 量子通信

 量子通信は、古典通信の限界をはるかに凌ぐ、超高速通信(理論研究では高速性の限界はまだ発見されていない)を実現する可能性があります。しかしながら、量子通信は理論的には実現可能であることが証明されているものの、デバイスの開発や実証実験が極めて困難であること、制御できるキュービット数を一気に増やすことはできず、増やすにはかなりの時間がかかってしまうことが予想されます。

 量子通信が実現する際には、まずは古典情報を量子状態を用いて伝送する2者間の通信が実現し、最終的には量子情報をそのまま伝送する複数通信者間の通信へと発展していくことが予想されます。その実現までには、量子暗号と比較してかなり長い時間が必要になるものと想定されます。

 (初 期)
 送受信者の2地点間における固定的な通信のプロトタイプが実現

 (中 期)
 例えば、研究所の量子コンピュータ間等において、量子もつれ合い状態を効果的に利用する超高速通信が実現

 (最終期)
 遠距離の光ファイバのみならず、地上−衛星間や衛星−衛星間の空間伝送も含めた量子通信ネットワークが実現し、量子暗号によりセキュリティが確保された情報が多数の量子コンピュータ間等を自由に往来するようになる。

 (c) 量子コンピュータ

 量子コンピュータは、現在のスーパーコンピュータをはるかに凌ぐ超並列・高速情報処理を実現する可能性があります。その能力は、スーパーコンピュータで1年かかる計算をわずか0.1秒で処理でき、現在使用されている暗号鍵も容易に解読できるとも言われています。

 素因数分解、データベース検索など用途が限定された専用量子コンピュータは比較的近未来で実現される可能性が高いと予想されますが、多数のキュービットを自在に扱う高機能汎用量子コンピュータの実現には、高次のシステム構成理論の構築が必要であり、実現の可能性は現在では未知数です。

 その他、すべて量子状態で構築されたデータベースの実現など多くの困難な課題を1つ1つ実現することを考えると、その実現はかなり先の将来になる可能性があります。

 (初 期)
 素因数分解用、データベース検索用、暗号解読用の専用量子コンピュータが実現

 (中 期)
 全データの量子重ね合わせ状態を持つ大規模なデータベースが構築され、極めて複雑な問題を解析できる汎用量子コンピュータにより、完璧な気象予測経済変動予測が実現

 (最終期)
 人間に匹敵する能力を持つ人工頭脳が開発され、人間とロボットが共存する社会が実現

(2)量子情報通信の技術開発ロードマップ

 ●2004〜2010年頃には、比較的短距離(〜数十km)での量子暗号鍵配布が実現し、2010〜2030年頃には、汎用のセキュリティシステムに拡大した量子セキュリティシステムや、長距離伝送が可能な量子暗号鍵配布が実現する。
 ●2007〜2020年頃には、量子通信の基本的な機能を持つプロトタイプが実現し、2010〜2030年頃には、限定用途での量子通信が実現する。
 ●2030〜2100年頃には、量子交換機能や量子中継器が実現し、空間伝送も含んだ本格的な量子通信ネットワークに発展する。
 ●2010〜2030年頃には、素因数分解、データベース検索等に特化した専用コンピュータが実現し、2015〜2100年頃には、汎用量子コンピュータに発展する。

 量子情報通信分野の研究開発は、理論的に証明された基本定理を物理現象として実現し、それをもとに基本的な量子デバイスの開発が進み、さらに新しい量子理論が確立されるということを繰り返しながら、システムの実用化に向けて発展していくものと予想されます。

 ここでは、実現イメージを現実のものとするまでに必要となる理論研究デバイス開発における主な要素技術の実現時期を予測し、それに基づいて量子暗号、量子通信及び量子コンピュータの実用化時期(技術開発ロードマップ)について図2のとおり予測しました。



          図2 量子情報通信の技術開発ロードマップ

 [共通の基本技術]
 まず、量子情報通信技術を実現に結びつけるためには、量子情報の基本単位であるキュービットを作り出す単一光子発生器と、それを検出する単一光子検出器の開発が不可欠です。その実現は5年以内と考えられますが、さらにその後、それを固体化、高精度化することが重要な課題となります。また、中長期的には一光子で一光子を制御するデバイスの開発が必須課題となります。

 [量子暗号]
 理論研究として、まず、量子暗号鍵配布の安全性を数学的に証明し、量子情報通信システムの信頼性を確立することが必須と考えられます。量子暗号鍵配布は、初期段階においては、BB84等の既に確立されているプロトコルで実証することが望ましいが、その後、量子もつれ合いを適用した新しい量子暗号鍵配布方式を実現するためには、量子もつれ合い生成・制御技術等が必要となってきます。さらに、将来的に量子セキュリティシステム量子暗号ネットワークと発展させていくためには、マルチパーティープロトコル等の確立が必要となってきます。

 [量子通信]
 伝送路としては、EPR光のような微弱光信号を伝送しても減衰しない、超低損失光ファイバの開発が求められます。また、量子中継のためには、量子もつれ合い生成・制御・保存技術が必要です。さらには、伝送路と固体デバイスとの間で光子の状態を変換する、量子状態転送技術の開発が必要と考えられます。また、理論研究としては、量子ビットエラーや、量子位相エラー等の量子通信固有の問題を解決するため、従来のプロトコルとは異なる量子暗号プロトコルを確立することにより、デバイス技術を補完することが期待されます。

 [量子コンピュータ]
 量子演算を行うためには、量子位相ゲート(ユニタリ変換ゲート)と制御NOTゲートとの組合せで実現できることが証明されています。したがって、この二つの基本デバイスについて、位相回転角の増大、デコヒーレンス対策を実現することが課題です。さらに、量子コンピュータを構成するには、デバイスの小型化、集積化技術を確立することにより、量子メモリ及び量子プロセッサを開発することが必要です。

 これらの3分野の開発が成熟して量産体制が確立し、さらに、量子通信ネットワークで結ばれた大規模量子データベース量子コンピュータ等を効率的に機能させる分散処理技術やデータ検索技術等が実現すれば、将来、地球規模の量子通信ネットワークへの発展が期待されます。



用語解説(五十音順)

アバランシェ現象
 半導体に高電場を加えた場合に、高速に加速されたキャリア(電流担体)が原子と衝突して二次キャリアを生成する過程が次々起こり、なだれ状にキャリアー増倍が誘起される現象。半導体光検出器における信号増幅では、p-n接合に逆バイアスをかけて形成した高電場を利用する。APD(アバランシェ・フォト・ダイオードなだれフォト・ダイオード)は、この現象を用いている。

イオントラップ
 コイルなどによって適切に磁場、電場を設定すると、電荷をもつイオン一つだけ、またはいくつかのイオンを直線状に空中に捕獲することが可能になる。捕獲されたイオン一つ一つにレーザーを照射することで、量子計算を行う方法。

ガイガーモード
 通常の放射線カウンタ(ガイガーカウンタ)と同様に、光子が一個入ると電流パルスが一つ生じるように受光素子の動作モードを設定して使用する。ある時間内にやってきた光子の数を数えるような場合に利用する。

共役コーディング
 情報を乗せるときに、送り手が二種類の互いに共役な異なる基底をランダムに併用することにより、選択された基底を知ることなしには受け手が情報を正しく入手できないようにすることができる。例えば光子の場合、直線偏光基底(水平偏光(=0)か垂直偏光(=1)か)と円偏光基底(右回り円偏光(=0)か左回り円偏光(=1)か)が互いに共役な基底に相当している。

クーロンブロッケイド
 コンデンサが微小になりその容量が極度に小さくなると、電子1個が電極に存在するだけで電極間の電圧が大きく変化する。その電圧変化を利用して、電子1個ずつの移動を制御、観測する仕組み。

時間領域干渉計
 干渉する二つの光の経路を一本の長い光ファイバの中に多重化する方法。具体的には光ファイバの両端、すなわち送り側と受け側に、全く同じ光遅延回路を挿入する。これらの光遅延回路では光を二方向に分波したのち、片方の光に伝搬遅延時間を与えてから再び合波する。光のパルスを入力すると、送り側でだけ遅延を受けた成分と受け側でだけ遅延を受けた成分とが時間軸上で重ね合わせられるため干渉が起こる。

スクイーズド光(スクイーズド状態)
 量子力学の不確定性原理によれば、共役な物理量は同時に任意の精度で決まることはなく、ある揺らぎ(分散)をもっており、また、それらの積がある一定の値を下回ることはない。しかし、その揺らぎの積の値を変えることなく配分比を変えることが出来る。これを圧搾された状態(スクイーズド状態)という。光の場合には直交位相振幅の2つ同士、光子数と位相という組み合わせがそれぞれ共役な物理量で、直交位相スクイーズド光、光子数スクイーズド光が実験的に生成されている。

制御NOTゲート
 量子計算を行う上で不可欠な基本論理素子。二つの入力a, bに対し二つの出力a’,b’がある。a-a’線は制御線となっていてaの値はそのままa’に出力される。aの値が0の時はbの値はそのままb’に出力され、aの値が1の時はbの値は反転されてb’に出力される。



単一光子の偏波
 偏波とは、光波の電場ベクトルの振動面が、進行方向に対して垂直な面内で、ある規則性を持つ場合の光波の状態をさす。その状態は、x方向に振動する成分とy方向に振動する成分の線形和で表現できる。通常の自然光は無偏波である。光波が量子化された領域でも同様の状態を単一光子で定義できる。

直交位相振幅
 光には波としての性質と粒子としての性質の双方があるが、波として見た場合光は電磁波(横波)であり、電場と磁場の双方が真空中では垂直に交わって空間を伝播している。直交位相振幅はその電場と磁場のそれぞれの振幅を表す。

2値コヒーレント光信号
 現在の光通信は光波の強度を変調して信号の伝送を行っているが、レーザー光の波としての本来の性質を引きだし、位相と振幅に変調をかけて信号の伝送を行う方式をコヒーレント光通信方式と呼ぶ。この方式でもっとも基本的な変調方式が位相を2値で変調する2値コヒーレント変調方式である。

パラメトリック下方変換(パラメトリックダウンコンバージョン)
 2次の非線形光学効果の一種。結晶に強い光子が入射すると半分のエネルギーを持つ2つの光子に分裂できる。この変換の効率を上げるには入射光と発生光が位相整合をする必要がある。発生光が2つとも同一偏光である場合をタイプI、一方が常光線、他方が異常光線である場合をタイプIIと呼ぶ。

光パラメトリック過程
 ポンプ光が二次非線形光学結晶に入射し、ポンプ光の光子一個に対し、シグナル光、アイドラー光の光子が各一個ずつ生成する過程である。この過程は3つの光の間に存在する非線形結合項を通して相互作用が起こるために発生する。ポンプ光、シグナル光、アイドラー光の3者はエネルギー保存則、運動量保存則を満たさなければならず、特に運動量保存則を満たす場合は非線形結晶に対してポンプ光が特定の角度で入射した場合であり位相整合と呼ばれる。

非直交二状態量子暗号
 二つの直交する量子状態のそれぞれに情報0か1を対応させた場合、適当な測定を行えば乗せられた情報が0か1なのかを常に確実に決定することができるが、二つの非直交な状態に情報0か1かを乗せた場合、符号値がどちらとでもとれるような測定結果が現われる頻度を0にすることはできなくなってしまうという性質をうまく利用する量子暗号の構成方法。

ビットコミットメント
 1ビット情報の秘密証拠供託。秘密証拠供託とは、情報の内容自体を秘密に保ったまま、内容の事後変更を不可能とする充分な証拠を予め相手に渡しておくことをいう。ビットコミットメントは認証や署名などの暗号プロトコルの基本要素の一つである。

忘却伝送
 送り手が二種類の情報を受け手に送るとき、受け手が二種類の情報のうちの片方を取り出そうとすると残りの情報は取り出せなくなってしまうような仕掛けをした伝送方法。

マイクロキャビティ
 微小共振器。高い反射率の微小な鏡を向かい合わせ、その一方の鏡に垂直に光を入射すると、特定の波長の光は、その鏡の間に閉じ込められ、狭い空間領域で何度も鏡の間を往復した後に、反対側の鏡から射出されるようになる。この閉じ込めの効果を利用して、原子一つと光子一つを相互作用させる実験などが行われている。数ミクロン程度の微小なガラス球などでも同様の効果が得られている。

マルチパーティープロトコル
 複数のメンバーが参加するシステムにおいて、各参加者は自分の個人情報を秘密にしたまま、全体としての結果だけが計算できるようなプロトコル。電子投票は代表的なマルチパーティプロトコルであり、例えば参加者iの投票内容をXi(1:賛成,0:反対)とする時、これを秘密にしたままX1+X2+...+Xnを計算することで、個人の投票内容を明かさずに賛成者の数だけを集計することができる。

もつれ合いスワッピング
 2つのもつれ合ったペアがある時、それぞれのペアからひとつずつ粒子を選びこの2つの粒子の合同測定を行う。その結果、ノイマン射影により残された2つの粒子がもつれ合うことになる。

量子クローニング技術
 量子状態を光子−電子間、光子−原子間などの間で写し替えたり、あるいは1つの量子状態から効率良く最適に、複数の量子状態の写しを作る操作。ただし、中身を知らない量子状態から複数の量子状態の写しを確率1で作る操作は原理的に不可能なことが知られている(no-cloning定理)。実際の量子情報圧縮や量子信号検出等では、できるだけ高い確率でいかに精度の良い量子状態の写しを作るかが重要な問題になると考えられる。

量子効果を使った符号化利得につながる研究
 従来の通信理論では、伝送信号を表現する際に使う符号の長さを倍に増やすと、伝送できる情報の総量は原理的に倍に増やせることが知られている。これに対して量子通信理論では、信号を運ぶ光波の量子力学的効果をうまく使えば、符号長を倍に増やすことで伝送情報量を原理的に2倍以上増やせることが知られている。この最初の契機を与えたのが、イスラエル工科大学のPeresとウイリアムズ大学のWoottersによる理論的予言である。

量子情報に対する複製の禁止
 未知の量子状態に符号化された情報を複製しようとしたら、先ずその状態が何であるかを測定しなくてはならない。しかし情報を符号化するときに選択された基底を知らずに間違った基底を用いて測定すると、もはや本来の情報は破壊されて失われてしまう。よってこのときの測定結果に基づいて新たに量子状態を準備したとしても、それが元々の量子状態と同一であることはもはや保証できない。

より一般的には、複数項の線形重ね合わせにある量子状態を複製しようとすると、それぞれの項ごとにオリジナルと複製からなるペアが形成されることになる。しかしながら、できあがった量子状態はこれらのペアの線形重ね合わせではあっても、オリジナルな重ね合せ状態とその複製がペアをなしているわけではない。

量子多元接続網
 多者間情報処理や1対Nプロトコルにより、複数のユーザがそれぞれ好きな時に、特定の相手、あるいは不特定多数の相手と秘密情報の送受信等ができる量子通信ネットワークをイメージした造語。

量子もつれ合い状態の光子対(EPR対)
 量子論的な状態は測定すると破壊されるが、2つの互いに相関のある状態の内の片割れをのみを測定した場合、一方は破壊されるが破壊されていないもう一方の状態についての情報を示唆する。この状態は隠れた変数理論を用いても説明できない量子論特有の性質であり、もつれ合った状態と呼ぶ。量子力学について、その基本的な解釈の仕方に対して疑義をはさんだ有名な論文の著者であるEinstein, Podolsky, Rosenの3人の頭文字をとってEPR状態と呼ばれている。

electromagnetically induced transparency
 3準位系(下から|1>、|2>、|3>とする)において、|1>−|3>間、|2>−|3>間遷移に共鳴するレーザー光を照射すると、2光子共鳴で結ばれた|1>、|2>で重ね合わせの状態(dark stateあるいはポピュレーション・トラッピング状態と呼ばれる。)が生成し、|3>との光学的結合が切れる(遷移確率がゼロになる)現象。

 |1>、|2>にポピュレーションがあり、かつ|1>、|2>から|3>への遷移に共鳴する光が存在するにもかかわらず、|3>への励起が起こらない。この場合、吸収が消失して物質は透明化するため、EIT(Electromagneticlly indused transparency:電磁波誘起透明化)と呼ばれる。また屈折率にも大きな変化が誘起される。

Groverの新量子検索アルゴリズム
 2000年5月に開催された「第32回 annual symposium on the theory of computing」において、ベル研究所のL.K.Groverによって発表された、量子コンピュータ用のアルゴリズム。これは、命題の充足可能性問題と呼ばれる検索問題を解くアルゴリズムで、2n個の基底ベクトルの中から、ある条件を満たす1つの基底ベクトルの確率振幅を増大させる方法。

KNbO3結晶(Potassium Niobate)
 非線形結晶の一つ。非線形光学定数が高く変換効率にすぐれ、可視域から近赤外域の光の第二次高調波を発生させるときによく用いられる。

OPO(オプティカル・パラメトリック・オシレーション)
 光パラメトリックの3つの過程(光パラメトリック蛍光(OPF)又は光パラメトリック発生(OPG)、光パラメトリック増幅(OPA)、光パラメトリック発振(OPO))の一つで共振器中において損失に打ち克つパラメトリック増幅により発振する過程。

whispering gallery mode(ウィスパリングギャラリモード)
 19世紀末、レイリー卿が解析した現象で円形ホールの内側周壁近くでのささやき声が壁に沿って伝わり、遠く離れた壁面でもよく聞こえる現象のこと。マイクロ波・ミリ波の分野でも、電磁波の波長に比べて十分に大きな導波管中に励起されるウィスパリングギャラリモードが利用される。光導波路の円形曲がり部を伝わる光波は、ウィスパリングギャラリモードで記述される。

 ただし、光導波路は、円形ホールやマイクロ波導波管と違い、屈折率の異なる材料が接する境界面に沿って光が導かれるので、曲がり部を伝わるにつれてエネルギーの外部への漏れが生じ、電力損失が不可避であるが、最近では、1.5μm帯の光信号に対して共振帯域幅1nm以下のリング型やピルボックス型の光共振器も実現されている。

[出典]
1.調査研究会:量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会 報告書、総務省郵政事業庁(平成12年6月)
  [http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/japanese/group/tsusin/00623x01.html]

 以上、量子情報通信に関する総務省「調査研究会報告書」を要約しました。次回からは量子情報通信技術の基礎について一歩ずつ学習していく予定です。

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